『もうひとりの息子』


帰国後2日目で映画…時差ボケで爆睡…わかりやすい成り行きだけど、敢えて挑戦。昨日はこの映画を見るために民博に行ってきました。

鈴木紀さん、菅瀬晶子さんの解説付き。映画の舞台となる地域の専門家を解説につける、というのは民博ならでは。とてもいい企画だと思う。

一昨年、福山雅治主演の『そして父となる』という映画があった。子どもを取り違えて、生物学上の両親の元に戻そうとするが…という内容でこの作品と背景が似ている。しかし、この『もうひとりの息子』は同じく病院で取り違えが起こるが、その背景は、さらに複雑だ。それは、パレスチナ、イスラエルという、20世紀から21世紀にかけての世界的な政治問題を背負う。生物学上の親と育ての親、生まれと同等かそれ以上に育ての親の価値が強調される、言い換えれば、人間の人格が後天的につくられていく、という原則は両作に共通している。これは一つ面白いところで、どこか、人間の天賦の才を認めることを忌避しているような…

ただ、この作品は、どちらかといえば、パレスチナ-イスラエルの関係の方により重きが置かれているように見えた。上のような親子関係の話だけであれば、実に平板な面白くない話、ともいえるが…ユダヤ教とイスラーム、聖典の民であるにも拘わらず、この地域においては、特に激しく忌避し合う。宗教、歴史を乗り越えるのか、このあたりでは怪しい枠組みになってしまう国民国家のレベルで考えるのは難しい。ただ、それが個人のレベルだったら…というと、これは菅瀬さんも指摘していたように、実はこれも難しいのではないか、と思う。周囲との関係性や習慣の違い、さらにこの作品では、フランス語話者であるという奇妙な共通性があるのだが、こうした偶然がなければ、もっと難しい話となっただろう。

その他、フランス系のユダヤ人が数多くイスラエルに帰還している、ということやら、近々のイスラエル状況も興味深かった。


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