岐阜合宿(20150114-15)② 山川醸造

あぁ、なんかずいぶん時間が経ってしまった…下書きにずっとあったのだけど、なんか手がつかず放置してしまったのだけど、早いところ書いてしまわねば忘れてしまいそうなので、午後の仕事を始める前に書いてしまうことにしよう。

岐阜合宿の初日のメインイベント(と僕は思ってる)は山川醸造訪問。「ん?醤油?味噌でなくて?」と少し不思議な感じをもちながらだったのですが。

そして、醸造所は意外に街の中にある。でも、近づくとほんのりと漂う醤油の香り。



こんな店構え。道をはさんで工場がある。中は↓こんな風景で、多くの醤油樽が並んでいる。


社長の山川晃生さんからしょうゆのレクチャーを受ける。以下、その時にとったメモです。

◇日本のしょうゆの8割がたが「こいくち」。野田(キッコーマンがありますね)が有名。「こいくち」以外に「うすくち」(タツノ)、たまり(東海地方)、白しょうゆ(碧南)、再仕込み(山口、麹をしょうゆにつけたもの)などの種類がある。意外だったのが、東海地方でより多くのしょうゆがある、ということでした。

◇しょうゆの香りには、300種類ほどある。

◇「しょうゆ」は大豆から、というのは有名ですが、そのほかに小麦が主な原料。原料に大豆が多いほどに色が濃くなる。よく、関西人が関東のそばつゆの色が濃くて文句を言うが、それが色の問題としたら、それは間違い。関西でよく使う「うすくち」が塩分が薄いわけではなく、原料に小麦が多いから。山川さん曰く、「うすくちの方がむしろ塩分が強い」とのこと。東海地方生まれ、関東育ちの僕としては少し勝ち誇った気分になる。

◇上の写真のような「木桶」は現在では作成が難しくなっている。以前は、酒樽をしょうゆ、みそ工場が貰い受け、さらに、最後は漬物を漬ける桶になったそうで、日本酒を金属の樽でつけるようになり、樽の業者が激減、現在は作れる人が非常にすくなくなったといいます。日本酒が金属樽になったのは、酒税法の問題。つまり、酒を仕込んだ時の量に対して税金がかかり、目減りする木樽は損をすること。もう一つは衛星管理が難しいという問題もあるのだそうな。山川さんのところで使用している樽は杉材で、戦前から100年ほど前のものが多いそうで、樽の寿命は200年ほどとか。タイムスパンの長いことに驚きました。

◇しょうゆ会社は現在全国で1300社ほど(うち自社製造しているのは400~500社)。最盛期は12,000社ほどあり、昭和30年代に6,000社に淘汰。地産池消産業であったが、大手が集約化して全国販売を展開したことで、地場のしょうゆ屋が少なくなった。

◇もちろん、一般消費者への販売を行うが、山川さんのところの大口のお客さんはうどん屋さんとうなぎ屋が多いとか。確かに、しょうゆをたくさん使うお店です。オンデマンドで醤油をつくったりもしているとか。


大人の現場学習です。


こういう石で重みをかけるのだそうです。


絞りかす。なんかに再利用すると言っていたけど、なんになるのか忘れてしまった。やはり記憶の新しいうちに書きつけておくのだった…


そんなわけで。とても面白い経験だった。そういえば、小学校のころに、実家からほどちかい野田市のしょうゆ工場に行ったな…と思い出したのですが、何を聞いたか全く覚えていません。なんか醤油の匂いの立ち込めた町だったことくらいは薄っすら覚えているのですが。こうして大人になってから学びなおすと、もっと勉強しておくのだった…などと少し後悔などもしてみています。

ご紹介いただいた關野さん、どうもありがとうございました。

もしかしたらまだ続くかもしれません。

山川醸造(たまりやHP) http://www.tamariya.com/

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