『神様はバリにいる』(李闘士男 監督)

機内で見た映画第3弾。往復で約24時間。5本見たとしても、せいぜい10時間だから、まだ14時間も仕事をしていたことになる(なわけないか…)ので、遊んでいたわけではない、と自分に言い訳しながら…

[ストーリー]
バリの人たちを支援しながら大富豪となったヤンキー上がりの「アニキ(堤真一)」のもとに、マジメ一辺倒で婚活コンサルを立ち上げたものの、多額の借金を抱えてバリにやってきた祥子が転がり込むところから始まる。祥子は全財産をスラれ、自暴自棄になって飛び降り自殺を試みるが、子分のリュウに止められて「アニキ」に出会う。祥子はアニキの下で、成功の秘訣を学ぶべく、アニキの手伝いをしながら次第にバリとアニキとの生活に溶け込んでいく。そこで祥子が見つけるのは、バリの人たちの貧しいながら明るく生きる姿、そして、そんなバリの人たちを深く愛するアニキの純粋な愛情だった。

こんな感じだろうか。こういう作品にはそれなりの良さがあるから、ロマンチックであることを批判したりはしない。嫌味でもなんでもなく、アニキのような人ができればいてほしいと純粋に思わせる作品だった。配役も安定感のある堤真一に尾野真千子、それに、なぜかチンピラ役のナオト・インティライミという(本当になぜ?)が加わって、なかなか見せてくれる。これも食事をしながらだったが、飛行機の中で見ると、ますます旅情を誘った。

ともあれ、この映画でとても興味深かったのは、バリの信仰や宗教的な実践がたくさんでてくることだ。アニキは、バリの人のすばらしさを、去りし日の日本人のように、万物に神を感じて謙虚に祈ることであるというし、アニキの設定はどこか突き抜けた父性を感じさせ、どこか一神教の神のような存在感を発する。このあたりを見ていると、この作品で「神様」は誰だったのかを考えるととても面白い。バリの人たちの信仰の対象のぼんやりしたアニミスティックな「神様」なのか、それともアニキなのか、もしくは、祥子やリュウに救いを与えたアニキを含んだバリの大らかな人たちそのものなのか。

まあ、そんなつまらぬことを考えているから明日の発表の資料がまだ終わらないのだ。「ピンチの時ほど笑え」とアニキは言っていたが、まさに僕はいま高笑いをかまさなければならないようだ。

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