「ストリート・チルドレン」集計調査終了

夜9時にワガドゥグ市内5か所で、約30人のアンケーターが始めた「ストリート・チルドレン」集計調査が終了。一番遅くまでやっていたチームの終了時間は午前2時過ぎ。僕も2時前くらいまで、ワガドゥグ一の繁華街、クワメ・ンクルマ通りで6名のアンケーターと一緒に動いた。

僕は一人で外人なので、アンケーターの仕事を見守っているだけだったけど(立場的にあまり派手に動いてはいけないらしい)、逆に、アンケーターを含めた、インタビューの空間を客観的に見られたので、別の意味で勉強になった。一度論文で書いたのだけど、NGOのスタッフの子どもたちへの視点や「子ども」の枠組みがずいぶん深まったし、同時に6人のフィールドワークが見られたのは方法論的にも勉強になった。もちろん、僕はここでは外国人で、同じようにふるまうことはできないのだけど。

雑駁だけど、今回の調査で気づいたことをいくつかまとめておきたい。

① 子どものモビリティについて
今回の調査でアンケーターが最も多く口走ったのは、「子どもが集まるサイトが完全に変わった」という言葉ではなかっただろうか。この調査の前のまとまった統計調査は2009年。そうだろうな、と思ってあまり考えたくはなかったけど、5年ぶりに子どものサイトが確認、共有された。
この調査の間、もっとも注意が払われたのは、「同じ時刻に一斉に調査を始める」ということだった。数時間の間にも、転々と移動する子どもたちをダブルカウントすることを防ぐためだ。こうした子どもたちのトリッキーな動きは、彼らの自由意志だけが原因ではない。警察や憲兵隊等公権力の取り締まり、さらには、子どもたち同士の権力争いなどによっても大きく変わる。普段それなりに追跡しているはずのNGOのスタッフが追いきれない彼らの移動性がある。
個人的には、子どものモビリティをいくつかの層に分けて考えないといけないな、と思うのだけど、どんなふうに描けばいいだろう、少し考えなければならないところだ。

② NGO活動とエスニシティ
この調査とかNGOの活動そのものの根源的な問題を指摘してしまうようだが、NGOの活動と民族性のあたりはもう少し注意していなければならなかった。おそらく僕が一緒に動いた中にはブルキナファソ第3の言語であるフルベ語を操れる人がいなかった。たまたま僕らのエリアにはフルベはいない「はず」なのだけど、フルベの子どもたちのグループを恐れるような発言が何度かあった。
未知のモノへの恐れは普遍的なもの。しかし、これはNGOとしては乗り越えなければならない課題なのではなかろうか?そして、国民国家を前提に支部をおくようなすべての国際NGOはこのことをおそらくは知らない。NGO(非「政府」組織)だからこそ乗り越えられる壁なはずなのに。

③ 「子ども」の枠組みについて
調査中、足に障害を持つ女性が軒下にダンボールを引いて寝ていた。しかし、NGOのスタッフは「障碍者Handicapeだから」ということでインタビューをしなかった。この線引きは言語による聞き取りでは出てきたことがない。NGOが弱者一般をどうとらえているのか、これもこれから観察していかねばならない課題だと思われた。

以上、課題含みで気付いたところである。だが、感心したのは、「プロフェッショナルとして、ここまではやるべきだ」という気概がいたるところに見えたことだ。昨日朝から仕事をして、さらに日が変わっても、「そろそろ、あいつらあそこに寝に帰ってくるよ」と言って、同じ場所に戻るなど、大変な作業に付き合ってくれた協力者の皆さんには感謝している。おかげで約500人分のデータが手元にあるし、今年度の大きな仕事の1つがこれで終えることができた。データ処理は気が遠くなるけど。

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コメント

  1. 500人。凄い数字ですね。

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  2. katabira no tsujiさん、集計したら、500人もいませんでした。353人。実際はもっと多いはずなのですが、この辺が今の僕の研究費の枠組みと能力、あと、NGOのキャパシティとしては限界です。つまり、取りこぼしが相当数いる、という前提での数字です。
    この数が多いのか少ないのかわかりませんが、もっと質的に、「社会の問題」としてと、「人の行為」としてのストリートでの生として捉えないといけないな、と思いました。そして、最年長42歳(僕より年上)というストリートおじさんの存在などを見るにつけ、「子ども」という枠組みは小さいのだな、と思いました。

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