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愛知県立大学地球研訪問セミナー

8月2日の「オープンハウス」に引き続き、明日から地球研に愛知県立大学の亀井伸孝先生のゼミをお迎えする。「大学共同利用機関法人」とかいう冠があるけど、意外にこうしたケースは少ないらしい。 セミナーが5コマ、6日のお昼は20枚程度のポスター発表、同じ時間にアフリカンランチ、その夜はBBQと、予定もたっぷりしている。地球研は同じ人間文化機構の中でも、純粋な研究機関で「教育」がない。それぞれの機関の趣旨があるから、それはそれでいい環境なのだけど、得た知見のアウトプットの場が少ないのは否めない。 今回は個人的に引き受けることにしていたけど、もう少し希望するところが増えるようであれば、もう少しシステマチックにした方がよいだろう。というか、もう少し積極的に色んな大学/高校を読んできてもいいような気がするけど。 もちろん、明日からいらっしゃる皆さんが充実した滞在になるようにしたい、と言うのが第一で、もう一方で地球研にとっても試金石になるとよいと思う。

今年のドラゴンズは…

10数年ぶりにBクラスの危機。こんなギリギリ感は何年振りだろう。 大勢が高木批判を繰り返す中、僕は今年のこの状況は落合政権の負の遺産の要素の方が遥かに強いと思っている。客を呼ぶ野球をすると言って就任したんだから、高木監督は/で遊べばいいと思っている。贅沢な話だけど、やっぱり底力はあるのだから。 すでにシーズンも後半。今日のオーダーはこんな感じらしい。 (中)大島、(二)森野、(一)クラーク、(三)ルナ、(左)和田、(右)平田、(遊)高橋周、(捕)谷繁、(投)山井 落合政権のときでは考えられない、荒木+井端を外したラインナップ。森野もいい年だけど、高橋や谷、岩崎あたりを加えていい人を使う。この雰囲気は来年以降を考えると、少し楽しみになる。 端から今年は期待してなかったけど、Aクラスが狙える程度ならまずまず楽しい。積年の疲れのたまったピッチャーも大概帰ってきたし、あと3分の1、少し楽しみにしてみようかと思う。

写真が苦手なもんで。

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 8月2日に「オープンハウス」というイベントがある。何のことはない、年に一度、市民の皆さまに地球研を公開するのだけど、うちのプロジェクトには、写真自慢が多くて、写真の苦手な僕はかなり肩身が狭い。 昨年、かなり盛り上がった写真コンテスト。昨年のオープンハウスが終わった直後に「来年は動物写真」という課題が設定された。意識して撮っていたつもりだけど、PCのフォルダを開けて余りの少なさにびっくり。A4くらいに拡大するので、データの小さいものは自動的にボツ、とすると、ギリギリ7,8枚しか残らない。恥を忍んでその中から出す。 とある写真家の方には、「一枚にちゃんと文脈が見えるから、「資料」としてはいい写真だと思う」と、ありがたいお言葉をいただいた。民俗学者の宮本常一さんは、10万枚の写真を残したというけど、この人もあまり写真の旨い人ではなかったらしいけど、一枚に情報が詰まっている、という評価がある。こうなればいいけど、僕の場合は、一つの脈絡だけしかおさまらないので、あまりおいしくはない。 何とかしたいとは思うけど、これはなかなか…来年は調査に行っていようかしら。 にほんブログ村

いくつかの講義を終えて

帰国後、間髪入れずに3つの講義で話をさせていただいた。一つはこれからタンザニアで活動をしようという大学生に、一つは在日アフリカ人のフィールドワークをしている講義で、もう一つは一般教養の一つだけどこれから人類学を学ぼうという大学生に。 最初と最後の講義は普段の研究発表に毛が生えたようなものだから、まあ、いいのだけど、在日アフリカ人の話題はなかなかしんどかった。話題は在日アフリカ人が起こした裁判のこと。どこを読んでも、権力側が作ったにも関わらず、そのテクストなど出てこないから、少々判官びいきがあれば次第にそちらに寄って行く。道徳を教えるわけでないので、フィールドワークを通して権利とか差別とかを相対的に見ていくことを考えるのだけど、このバランスが難しい。 日本で暮らす外国人、特に第三世界出身者は殊に大変な生活をしていることが多い。このことはわかってもらいたい。彼らに寄り添うことは大切なのだけど、それではフィールドワークにならない。そのことをわかってもらえるといいな、と思った。

『風立ちぬ』宮崎駿監督

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http://kazetachinu.jp/ より      帰国して数日間、なんとか時差ボケも治り、生活も少しずつ日常を取り戻しつつある。 実は、あまりキャッチアップしていなかったのだけど、嫁が前売り券を押さえてくれたので、『風立ちぬ』を見に行ってきた。 大雑把に言えば、宮崎映画にしてはストーリーがわかりにくくて、監督の意図がよくわからない(申し訳ないけど、宮崎駿が飛行機マニアだった、というのはあとで知ったとか、こういう宮崎駿ファンでないとわからない要素が多すぎる)。 「この作品の題名「風立ちぬ」は堀辰雄の同名の小説に由来する。ポール・ヴァレリーの詩の一節を堀辰雄は“風立ちぬ、いざ生きめやも”と訳した。この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。」 ( http://kazetachinu.jp/message.html より) こんなことが「企画書」にかかれているんだけど、宮崎的堀越次郎像と時代性がどうも一つの像を結ばない。ネット上では「老人の自慰的作品」という酷い評まであったが、少し深読みして、「古き良き麗しき日本」、それは時代自体が将来を夢見ることができた、高度成長期/『三丁目の夕日』時代ではなく、陰鬱な戦間期にさらなるノスタルジーを感じていたとすれば、こんな評が与えられるのは致し方なし、といったところか。 全てに意味を付与してしまうとキツキツな作品になってしまうけど、意味をちらつかされるとその意味を取りたくなる。逆に、意味に埋もれた無意味も目を引くので、その無意味の意味(逆説的だけど)を取りたくなる。いい作品は間(=無意味)が面白いものだと思うのだけど、この間の悪さが目立った。あと、外国語の翻訳の付け方が統一されていなくて非常に雑でいただけない。

「シリアス(まじめ)」に国際協力をやるということについて

*一応実話ですが、少し問題のある部分も出てくるので、まったく本名に関係のないイニシャルにて。 昨日あったAさんという人。今やっている調査のキーマンになる人なのだけど、その人と今後の打ち合わせのために事務所を訪れた。少し急なアポのせいもあり、これから2003年以来携わっている学校があるから一緒に来ないか、車の中ででも話をしよう、ということで、ワガドゥグから20㎞ほど離れたB地に行った。 そこには、約2haはあろうかという土地に、いくつかの建物が立っている。中学校を作っているという。校舎と寄宿舎、教員の宿泊施設は整っていて、ほかのいくつかの施設はこれから順次整えていく。そして、こんなビジョンがあって…ととても楽しそうに語る。 彼のキャリアは華々しくて、いうなればNGOエリート。彼とそのあと食事に行くのだけど、こんな話があった。 「見てくれたか?あの学校には、10年かかったけど、今後を含めると、数千万円単位のお金がかかっている。最近のこの国の発展を見ていてわかる通り、ありあわせのものではもう人は動かないんだ。ボランタリズム(無償奉仕の精神という意味で使っている)なんて、もう期待してはいけないんだ。質の高いものをどれだけ提供できるか、これからのプロジェクトはこれを考えなきゃだめだ。シリアスに考えなきゃ…」 いろいろな意味でアフリカは変化している。僕がアフリカに来始めた15年前とは隔世の感を覚える。最近「スモール イズ ビューティフル」を読んだのだけど、確か、僕が大学生のころはこの本、みんな読んでいて、国際協力業界を目指す人のバイブルみたいだった。この中に「適正技術」とか「中間技術」というのが出てくるんだけど、つまり彼はこういう、「途上国」向けの劣化版技術への批判を述べていたのか、と推測した。 「24時間テレビ」が始まった80年代中盤。アフリカは未曽有の干ばつに見舞われていた。この番組では10億円くらいの寄付が集まったと記憶しているが、そのお金を持ってエチオピアを訪れたこの番組を放映した会社のお偉いさんは「これで大丈夫だろう」と言ったとか言わなかったとか。こんな話が20年以上経った今でもリアリティを持っているのはなぜなのだろうか?Aさんがいうように「シリアス」に考えていないわけではないはずなのに、こんなギャップが今でも厳然と語られてしまう。 「箱も...

もう大体終わりということで総括。

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7月12日金曜日。怖いのであとでチケットを見直すけど、たぶんあと3日残っていて、明日はクドゥグに出張することにしたので、ほぼ今回の調査も終わり。なので、今回の調査を総括する。 FBからブログに戻って、あとで見直せるようにと思って、データの切れ端から愚痴まで垂れ流してみたけど、なんせ愚痴の多いこと。お見苦しい。 でも、ちょっと読めばその時の感情の一部がよみがえってくる。調査というか、調査助手が多少おかしな方向に動き出したのをうまく止められなかった。これは僕のフランス語力としっかり方針を打ち出せなかったことが原因。改善しなければならない点①。 カセーナの家屋の調査は2日間ではやはり中途半端。しかし、1月の時にカネの亡者のような村に比べればいい村が見つかったこと、この村が犬山のリトルワールドに展示されている家屋だということが確認できたこと、中尾君を連れていけたことなどなど、収穫は多く、先々に向けて少し光が見えたことはよかった。今年度は無理だと思うけど、来年度か再来年度には1週間か10日ほど滞在してじっくりここを見てみたい。これは簡単なレポートにまとめる。 コーラン学校の調査。計6日間。これも中途半端。調査助手とのやり取りとお互いに納得いくまで話せたので、これは収穫。でも上に書いたように、まだうまく回っていない。結局、次回は4人で行動することになったけど、これは僕ともう一人ゲートキーパーという陣容に戻さないといけない。改善すべき点②。回れた学校は8校。ちょっと少なすぎる。まだデータになるような数ではない。次回はもっとペースを上げて回る。改善すべき点③。しかし、中でも最も大きな収穫は、基礎教育省の方から話が聞けたことで、これは論文を書く上でのバックボーンの一つになりそう。次々回あたりでもう少し深まるかもしれない。 科研費の調査準備。今年の乾季に予定している調査の準備。以前やった時の予算とレポートを入手。こちらの調査の仕方がわかったことと、(今日これから再度交渉に行くけど)協力者も得られ、実現に向けて二歩前進。 文献調査。センサスや教育関係のデータを集めた。これは予想以上の成果だった。帰国後に頑張って処理をすることにする。 アンドロポゴンの調査。ニジェールでの調査が厳しくなって、「保険」の意味でのBam県の広域調査。実際のサイトという意味では「?」だ...