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もういくつ寝れば…

仕事が終わらず、持ち帰りで英文(フランス語含む)和訳。A4で20枚近くあったはずだから、2日で終わればまま怒られないでしょう(締め切りは4時間ほど過ぎてしまったけど)。 遅くなったので、skypeでも開いてみる。 ああ、そうだった。3週間後には彼の地に飛び立つのだ、と思うと、事前に準備のつもりで向こうの友人たちに電話してやろう。時差もちょうどいいし。前回の調査でずいぶん世話になったAminouと、もう腐れ縁に近いAbudul。オヤジ氏の声も聞きたかったけど、昼寝中らしい…ああ、そんな時間だな、と。 世間の荒波にどっぷりともまれたこの3カ月。帰国数日後の研究会発表から、学会発表、論文…毎週何か仕事をしていた気がする。 去る木曜日。粗稿のレベルの論文を見てもらった。その後の食事の席で新任准教授に言われる。 「あの論文は、練りが足りない。昔、初めて読んだ「ラスタのフロンティア」、粗かったけどよく練られていた、と思ったんだけど…」 忙しさ、は何の言い訳にもならない。何足のワラジをはいていてもできる人はできるし、一足でもできない人はできない。でも、まともに見直しもできず、すでに校正してもらった論文が10日経っても手がつけられない…読んでもらうにもとても気が引ける。こんなのしか書けないのか、と自信喪失気味にもなる。 少しワラジを脱がないといけなくなってきた。この1ヵ月、痛感した。 なので、決めたのです。過大な期待をしてくれたNGOには、本当に申し訳なかったけど、知らないうちについた力よりも、これからの力のために、今の体力も気力も使うことにしました。あと1週間、少々窓際っぽくなってきたけど、腐らずに仕事します。終わったら、もう一皮むくために、行き馴れた彼の地に。

中間管理職と…

毎週の新幹線通勤。何の権限もない中間管理職… こんな時間に研究室にたたずんで小説に身を任せてみる。 2階のタバコスペースでタバコを燻らせながら「なにやってんだろう…」。 まだ何を背負わされているわけでもないのに、なにを焦ってるんだろう…とか。 誰かのために、という生き方は責任を転嫁しているだけ?何かの言い訳にしたいだけだろうか?まだこの生活も2カ月だけど、本にまみれることや、フィールドで汗をかくこと、そして文章を書くことに飢えを感じる。こんな年になり、熱っぽくこんなことを思ってみる。 あっ、そうか。「不惑」というのはこういうこと??

第47回アフリカ学会@奈良②

アフリカ学会。正確には、「第47回日本アフリカ学会学術大会」というのですが、どうも地域学会としては日本で一番大きな学会らしい。 「学術大会」という名前が付いているので、一応、ちゃんと研究発表の場なのですが、年に一度の同窓会的な意味合いも強い。他の学会に比べれば、酒の消費量は多いし、ハチャメチャに羽目をはずして、二日目に来ないという輩も少なくない。 なので、今回のように、二日目の午前中の発表ともなると、真に窮屈。 それでも、普段東京に拠点を持つ人、京都やら大阪やらから、そして名古屋に、と、まさに「同士」達と喧々諤々。これくらい質疑応答も盛り上がるといいのだが、何せ100人からのアフリカニストが話をしなければならないので、そちらは儀礼的に。酒が大量に入るので、後半は何をしゃべったかは全く覚えておらず、ただただ、たくさん笑い、たくさん話し、旧交を温めたことだけは確かなのです。 来年は弘前。また発表して、いろいろな人と話に花を咲かせたいものです。

第47回アフリカ学会@奈良①

5月29日、30日のアフリカ学会で発表してきました。 一応、ここのところの自分のルールで、アブストラクトは出しておくことにしているので、以下の通り公表しておくのですが、少し内容を変えました(普通の学会ではご法度ですが…)。 どう変えたか、というと、都市計画により離散した、旧住民たちのつながり(=「共同性」)が茶会を再現することによって保たれている。という話にしました。 同枠にお美しい女性がお二人発表されていたので、聴衆のほぼいない状態での発表を想定していましたが、アフリカ研究の人気者の座長と私の次に発表となっていた、アフリカの商人の「狡知」を研究しているOさんのおかげで、えらい盛況のうちに終わりました。 しかも、我らがS先生にかみつかれる、というおまけ付き。 「二つ質問があるけど、ひとつは後で聞くから…」とおっしゃり、会場は失笑(?)に包まれ、割と和んだ雰囲気でした(学会では、指導教官は黙っているか、炎上した時の火消、というのが通常なのですが、うちは割かしガチンコなのです…)。 *************************************************************** ワガドゥグの都市計画と住民生活の変化-ZACA計画を事例に 清水 貴夫 名古屋大学大学院文学研究科 博士後期課程 Urban planning on African city and its impacts toward population: case study of “Projet ZACA” on Ouagadougou, Burkina Faso SHIMIZU Takao Nagoya University, Graduate School of Letters 発表要旨  2003年12月、ブルキナファソの首都ワガドゥグの市中心部に位置する通称ザングエテンZanguetinの街は1987年に計画されたザカ計画Projet ZACA [i] に従って破壊された。住民はザング’エテンから追われ、主に政府が用意した代替地、通称トラム・ダキュイTram d’accuilleに移住を余儀なくされた。本発表では、ザングエテンからトラム・ダキュイに移動した人びとの生活変化を追い、近年、殊にアフリカの都市で見られる都市計画が住民の生活に与える影響を考察することを目的と...

どうした!!

本年度、ありがたいことに、アフリカに行くためのお金をいただくことになった。某S財団というところの資金なのだが、このところ、そこの会長氏からメルマガのようなものが送られてくるようになった。相当な有名人なので、たまに読んでみるのだが、今回のは????????????… 4月26日に会長氏のブログに、石弘之氏の記事が出ているのだが、これはかわいい。「イシ」がアムハラで「OK」と言う意味だとか、「キハラ」がスワヒリで「禿げ」だとか、日本語の音と外国語の音を拾ってかわいいジョークでつづっている。 しかし…会長氏、下ネタオンパレードです…にっくき元ドラゴンズの銭留がFワードを含んでいて…とか、下ネタに聞こえる地名を連発。氏はご自身を俗物である、といい、さらに「財団内部より、会長リコールが起きないことを祈っております。」とか言って結んでいるけど… なんかいやなことがあったんでしょう。偉い人は大変ですから。

五月晴れの空へ

あっという間に今年度も1ヵ月が過ぎ去った。GWもあっという間にどこかに行ってしまった。 毎週のように人さまの前で話をさせていただき、その準備に追われ、ひとつ終わってホッとして酒を飲む。少し刺激が欲しくて、研究室の仲間を誘ってソフトボールに興じ、イライラすると水中の静けさを求めにプールに行く。もちろん、仕事もしている。ヘルシアを毎日欠かさず飲んでいるけど、体重はあまり減らない。それでもここ何年かで一番体にキレがある。 悩みもないわけではないが、満開の躑躅とくっきり蒼い5月の空を見て、思い切り空気を吸い込むと、なんか、全部どうでもいいような気になって、芝生の上に大の字になってやりたくなる。楽しい時間がいつまでも続けばいい、と思うように、この季節もずっと続けばいいのに、と思う。

まるはち人類学第1回研究会

とある研究会のあとの飲み会で「院生の研究会をやらないか」という某先生の一言がきっかけで、中部地区の人類学専攻の院生と研究会が立ちあがった。めでたく第1回の研究会は恙無く開催にこぎつけた。 しかし、同時期にあまりにたくさんのことを抱えすぎたため、完全にキャパオーバー…レジュメができたのも前日だし、全く練りもなし。 そんなわけで、とても人にお聞かせできる発表になりようもなく、案の定炎上したし、あんまり「終わった」という安ど感もないまま、日曜日は真っ白になった。 自己満足のブログではあるが、一応研究室ブログにもリンクを張っているので、満足する発表ばかりを載せているばかりではアカウンタビリティに反するので、ここは恥を忍んで。そして、約40名もいらしていただいた方々に感謝の意を込めて。 *************************************** 日時:2010年4月24日(土)14:00-17:30 場所:名古屋大学文学部130号室 http://www.nagoya-u.ac.jp/global-info/access-map/higashiyama/14 時  趣旨説明 14:10-14:50 清水貴夫(名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期)「イスラーム、タリベ、NGO~イスラームの「ストリート・チルドレン」がなぜ発生したのか」 15:00-15:50 神谷良法(名古屋大学大学院文学研究科博士研究員)「発展を妨げる妖術:妖術に対する国家の欲望」 16:00-16:15 コメント 浅野史代(名古屋大学大学院文学研究科博士研究員) 16:15-16:30 コメント 東賢太朗(名古屋大学大学院) 16:30-17:30 討議終了後 懇親会有り。 「開発と宗教現象」ある国をより良い状態にするため、「開発」をおこなう。これは啓蒙主義的観念を含んだ表現であるといえる。ここには、開発側と被開発側の非対称性に根源を持つ2つの問題点が存在することは指摘されてきた。何をもって良い状態ととらえるかは、開発側の価値観の影響を多大に受けがちである。また、開発に際しては、被開発側の人間が合理性、しばしば経済的合理性を追求するものであるということが暗黙裡に含意されていた。換言すれば、到達地点および到達法の両面について、一方的な視線のもとに開発がなされてきたといえよう。それゆえに、...