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速水健朗2013『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』朝日新聞出版

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速水健朗さんの作品第2弾。先日の『ラーメンと愛国』に続く食文化シリーズ。 前回のようにメモ書きはしませんが、こっちはえらく文字も大きく、さらさらっと読める。 この本の中でも言われているけど、左翼と右翼というのは、それぞれにどんな整合性があるのやらだんだんよくわからなくなるけど、というほどにどっちがどっちでもよいということ。でも、この本の中では、おもしろいマトリックスがあるし、それに左右の考え方をくっつけたときになかなか面白い分析ができるのだ、ということがわかる。 こんな雑駁な感想で申し訳ないのだけど、このキャリアと容貌で、この人がジロリアンだったら、ちょっと意外な感じがしてしまう。 「もっと日常や生活、そして消費などの延長線上に生じるものとしての政治の話を書いてみたかった」(204) ということが何度か繰り返されるのだけど、この問題意識や善し。意識せずとも広義の政治には加担している、ということを僕らに語り掛けてくれるのは、ここのところの「政治」に嫌気がさしてきた僕の耳にもとても心地よい。 ぜひ小旅行にでもお持ちいただきたい一冊です。

空の写真

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初めて飛行機に乗ったのは、もう20年以上前のこと。乗る回数は年によって変わるけど、確実に日常化しつつある。連れ合いと付き合い始めたときは、まだまだ「高所恐怖症」で、カタッと揺れただけでも、手にじんわりと汗をかいていたほど。 そんでもって、スペースの広さを考慮して基本的にとる席は通路側。なんで、外を見るなんてことはほとんどしてこなかった。でも、最近、席が空いていると窓の外を見るようになった。だんだん雲の上の景色が美しく思えてくるように(かと言って、スカイダイビングなど、考えもしないけど)。結構撮りためているのだけど、そのうちの何枚かを。 上の写真は、午後のギリシャあたり。まだほんの少し夏っぽい積乱雲が見えたりします。窓越しだけど、真っ青な空と真っ白な雲。本当に美しかった… 次は、左側に見えるのが地中海で、陸地はチュニジアあたり。アフリカ大陸っぽく茶色い大地に、雲の少ない風景。 で、最後はアクラを飛び立ち、ギニア湾岸沿いにロメに向かう途中。たぶんアクラの中心街当たりではないだろうか。大都市。 それにしても、今回は飛行機運がいい。関空‐イスタンブール間は3人掛けを2人、イスタンブール‐アクラ間は3人掛けを占拠。アクラ‐ロメ間は2人掛けを占拠、ロメ‐ダカールは3人掛けを2人、という感じ。さすがに次のダカール‐パリ間は満席だろうけど、パリからの帰りが空いてるといいのだけど。

速水健朗2011『ラーメンと愛国』講談社

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ずいぶん前に知人から勧められていた本書。タイトルは「ラーメンと愛国?どうつなげるんだろう」と関心をひくものです。 速水健朗さんの本は『1995』に続き2冊目。速水さんは僕と同世代で、『1995』などもそうですが、彼が書くことにはとてもリアリティを持って読むことができる。かなり筆の早い人で(僕との比較なので、羨みやらたくさん感情がこもっています。為念)、40歳前後で新書を相当数だしています。●●学者ではないですが、僕らの世代の大切な語り部だと思っています。 ちなみに、特にこの本を批判される方が多いのですが、ここではそこは置いておきます。 それでは、簡単に本書の内容を。 乱暴に本書の流れを纏めてみよう。中国料理のはずだった「ラーメン」がいかに日本に受け入れられ、国民食にまで昇華されたのかというプロセスを追いながら、このプロセスは戦後のアメリカのライフスタイル志向から、「日本的なるもの」への志向への回帰とも密接に結びつきながら展開していったことを示していく。「日本的なる物」は、必ずしも日本古来の真なる伝統は必要ない。つまり、真なる伝統を突き詰めてきたと考えられるナショナリズムではなく、趣味的共同体としてのナショナリズムこそが僕ら(90年代頃に社会に参加し始めた年代)のナショナルなアイデンティティなのだ。 ちなみに、個人的にラーメンは好きだが、体調のことを考え、週1回以下にしているし、以前に比べたら、かなり頻度は減った。しかし、5章あたりで紹介されているラーメン屋は大概暖簾をくぐったことはあるので、なりにすきなのでしょう。 この人の本はデータが豊富で、面白い話題がふんだんに盛り込まれているので、そんなのも含めて章毎のまとめをしながらメモを残しておきたい。長文というか、一応、文脈を意識しながらメモしたが、断片的ではあるので、 第1章 ・第二次大戦後、日本は食糧難に陥るが、アメリカからの「ララ物資」により最悪の時代を乗り切る。しかし、この「ララ物資」は純粋に日本を救済するためのものではなく、大戦期に生産力をつけすぎたアメリカ国内の小麦農家の生産物の逃げ場所として利用された側面がある。 ・こうした小麦は、「粉食奨励費」や学校給食を通じて、日本に浸透していく。 ・従来、米食に固執してきた日本の国民が、なぜこうした小麦食に傾倒していくのか。敗...

奥田愛基さんの陳述(アーカイブ[メモ]用)

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昨今世間を騒がせていた、大学生を中心とする団体、SEALDsの奥田愛基(おくだあき)さんが国会の参議院中央公聴会で陳述を行った。その前文を東京新聞のWeb版より拾ってきた。 もちろん誰かのアドバイスはあっただろうが、この陳述は本当によく出来ていると思う。問題点をシンプルに指摘しており、理知的。とても僕の出身校の学生が書く文章には見えない。少し安心したのが、問題点が、「民主主義の堅持であり」、9条の堅持に集約されていなかったところで、おそらくその辺りはずいぶん意識したのだろう。今回のデモの求心力となっているのが、安保関連法案のこれまでのプロセスに対するもので、一部の政党の主義主張に偏っていないことだとすると、この陳述は十分にそのことを言い表している。そして、その先にあるのが、政治「家」への批判であって、与野党を含め、この陳述には傾聴し、真摯に応えていくべきだと思う。選挙のみが政治家生命を決めるものではない、ということだ。 Twitterでブルキナファソの政変の話と比較してみたが、個人的には、SEALDsのメンバーが政治「家」にならないように、この陳述の中にあるように、一市民として政治を監視していく、という姿勢を崩さないことが(仮に安保関連法案が通ったとしても)重要。そうであれば、存在そのものが価値を持ってくると思う。 僕自身、この先もサイレントマジョリティであり続けるように思うが、この陳述を見る限りにおいて、彼らの運動は注目してみていこうと思っている。 ■■■『 東京新聞Tokyo web 』(2015年9月16日閲覧)より□□□ 大学生の奥田愛基と言います。シールズという学生団体で活動しています。こんなことを言うのは非常に申し訳ないが、先ほどから寝ている方がたくさんいるので、もしよろしければ話を聞いてほしい。僕も二日間くらい緊張して寝られなかったので。僕も帰って早く寝たいと思っているのでよろしくお願いします。 ◆保守、革新、改憲、護憲の垣根を越えてつながっている  シールズとは、日本語で言うと「自由と民主主義のための学生緊急行動」だ。私たちは特定の支持政党を持っていない。無党派の集まりで、保守、革新、改憲、護憲の垣根を越えてつながっている。最初はたった数十人で、立憲主義の危機や民主主義の問題を真剣に考え、五月に活動を開始した。その...

京都の本屋の新たな展開

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20150915閲覧、http://lmaga.jp/blog/news/2015/09/seikosha_horibesan.html 今朝、こんな記事を見つけた。我が家から徒歩なら10分強、チャリなら5分、そして僕の通っているスポーツジムの向かい側。恵文社という本屋の店長さんが独立するという。 職業柄、本屋は嫌でも時々は足を踏み入れる。確かに、アマゾンなどなどのせいで以前に比べれば回数は減ったが、それでも、日本にいれば、毎月数回は古本屋なり、大き目の本屋なりは仕事の一貫としていかねばならない。 4年前に京都に引っ越してきたときに、知人に「一乗寺あたり」というと、美味しいたこ焼き屋があることとラーメン街であることと、この本屋があることを教えてもらった。確かすぐには行かなかったが、しばらくしていってみると、実にお洒落な内外観に、草食系というか、山ガール的な、人畜無害そうだけど、それなりにクセのありそうな(失礼。ほめ言葉なのですが…)店員さんたち、そして何より、これでもかというほどのマニアックなラインナップ。東京なら、下北の端っこでやってそうな感じ、そんなイメージを持っていた。 ただ、レヴィ=ストロースなんかも、「構造主義」という枠組みで扱っているようで、多少なり専門領域に引っかかる本があるものの、僕としては、あまり使い勝手のよい本屋ではない。でも、考えの幅を少し広げたいな、と思ったときには実に面白い。 ともあれ、これまで15年間、この店をリードしてきた店長さんが独立されるとのこと。恵文社の方は十分に軌道に乗っているとは思うので、これはこれで維持してもらい、新たな本屋の方に期待したい。これだけ本屋がやっていけない時期に、新たな本屋を始めるというのは、とても大変なことだと思うし、逆に店長さんの自信の表れでもあろうかと思う。 11月に開店とのこと。 20150915閲覧、http://lmaga.jp/blog/news/2015/04/gakesyoboutohohoho.html うちの近くには、もう一軒有名な本屋がある(った)。ガケ書房という、北白川にある本屋なのだけど、車が突き出た、妙な外観の本屋で、初めて見たときは「何屋??」と思った。これは過去形で、今年の4月に北白川から浄土寺の方に店舗を移転。社名も「ホホホ座」と変...

地球研セミナー「環世界学の展望」オギュスタン・ベルク

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8月から地球研に外国人研究者として招聘されている、オギュスタン・ベルク先生の講演会に参加してきました。もちろん、お名前は存じていましたが、なかなか本を読む機会もなく…というのは言い訳で、ちゃんと纏めて購入しました。今度の調査のときに主著くらいは読んできます。 10月末までいらっしゃるそうで、10月29日にも地球研で開催されるようです。またこちらで告知します。 にほんブログ村 にほんブログ村

うちの避難経路ってどこ?

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数日前の茨城と宮城の堤防決壊による水害、被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます。 うちの実家もそれほど遠いところではなかったので、少々心配していましたが、実家の方は問題なかったということ。しかし、東日本大震災の津波の時のような、居住地域の選択の問題、堤防の管理の問題など、たくさんの問題が浮上してきた。その場しのぎのものではなく、長期的な視野に立った解決策を講じられることを祈っています。 さて、こうした水害は遠いところの話ではなく、僕らが住む京都でもよくあるはなし。同僚の地理学者によれば、扇状地は基本的に水害の積み重ねでできたところ。人間はそういうところが住みやすい、といいます。まあ、確かに…ということは、盆地や平野に住む限りはどこにいても水害のリスクがあるということ。 それで、8月の台風の時に、初めて避難指示というのを経験しました。と言っても、スマホにそういう警報が送られてきて、「xx学区はxx小学校に避難」ということなのですが。しかし、そもそも、僕らは何学区に住んでいて、「xx小学校ってどこだっけ?」という始末。 後日、研究室の人に話を聞くと、町内会に入っていれば、回覧板が回ってきたり、避難訓練があったり、集合場所の打ち合わせがあったりするらしく、新しいアパートの住民の僕らは、そういうものからは縁遠いので、そういう地域コミュニティからは守ってもらっていない状態なのだ、ということを実感したのでした。 それで、先述の地理学者曰く、雲母坂の上の砂防ダムは、まさにこのあたりの最高峰、比叡山からの土砂の流出を防ぐためのもの。 でも、すでにこんな状態。満杯です。 こんなに立派な砂防ダムなのに、作られてから数十年。こういう砂防ダムがたくさんあるらしいのです。今住んでいるところは、谷から少し離れているので、この砂防ダムの影響は受けないとは思うのですが、こういう災害のリスク、もう少し自分のこととして考えねばなりません。 にほんブログ村 にほんブログ村