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広島(その1)

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数日間書き損なってしまったが、昨日までお忙しいMさんにお世話になり、最後の最後までMさんにお世話になりながら広島に移動(たまたま広島にお仕事があったというMさんに送ってもらったり…)。 一昨日の夕方連れが尾道に到着。ホテルも『千光寺山荘』という尾道の名物ホテルに移動。尾道の急こう配の法面に張り付くホテルだ。このホテルに関しては、あえてノーコメント。あまりお勧めしない、ということだけにしておく。ただ、ホテルにチェックインした後もMさんにエスコートしていただきながらも、二人で街並みを堪能した。特に、法面をお寺伝いに降り、ちょっとしたおしゃれスポットの猫の小道から法面と海の間に広がる商店街へ。この街のコントラストがなかなか楽しいのであった。 そして、この夜も『とこぶし』で食事。弓削でお会いしたTさんにはお会いできなかったけど、O君の元気そうな顔を拝見。この夜も楽しい楽しい夜だった。 そんなわけで、昨日広島へ。計画を立てた結果(喰いもんだけだけど)、夜は「カキ」、今日のお昼は「お好み焼き」。少し文化的な活動をし、「お好み焼き」へ突入!そして、いよいよ福岡へ。 にほんブログ村

弓削⇒とこぶし。

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27日はいよいよMさんと会った。 Mさんには、ご縁があり9月のブルキナ渡航に誘っていただいた。とにかくバイタリティ溢れる方で、本職のカメラマン、アーキビストとしての仕事のほか、アフリカの支援や今年は震災復興支援など、ものすごい勢いで走り続けている。 年末のお忙しい中、やはり9月にブルキナに同行させていただいたTさんの住む弓削(ゆげ)島へ。橋を渡り継ぎ、因島、その後フェリーに乗り弓削島へ。弓削島からは愛媛県になる。 Tさんと港で落ち合い、島を一周。山の上から瀬戸内を望む。点在する島、コバルトブルーの穏やかな海、静寂とはるかに広がる水平線。サバンナとは違った美しさをたたえる景色に息をのむ。 9月のブルキナ渡航のスポンサーの一人である、弓削のNPOを経営するHさんともお会いする。ブルキナの話を一通りしたのち、この島のイノシシの話を聞く。小さな島だが、1000頭に上るとみられるイノシシが農作物を食い荒らしており、ここ10年間被害が拡大しているという。農作物ばかりか、人間に驚いたイノシシが人間を追い回すといったことが起こっている。家の菜園にもイノシシ除けのネットがかぶせられていることからも深刻さがうかがえる。Hさん曰く、「里と山の境界があいまいになってきた」ことがイノシシが里に下りてくる原因だろうと推察する。 しかし、以前はこの島にはイノシシがいなかったという。近隣の島にイノブタを飼育していた人がいたが、この島が山火事に遭い、弓削にイノシシがやってきた、という。ん??島の間をどうやってイノシシが移動したのですか?と聞くと、イノシシは20kmほどなら泳げる、という。イノシシはペアで泳ぎ、疲れると連れの背中に乗って休みながら進むのだ、という。昨年は「海上保安庁」から「イノシシ注意」の通達があったとか…船が近づくとイノシシがよじ登ってくるらしく、先ほど述べたように、驚くと人間に向かってくる習性をもつイノシシは海上でも危険な存在なのだそうだ。いや~おもしろい(というと悪いだが…)。 Hさんたちは、イノシシ肉の商品化を行うことで、イノシシ害の克服と島興しを狙う。昨年、行政がイノシシの屠殺場を設置。イノシシを肉として扱える環境が整ったという。帰りにHさんからイノシシの肉をいただき、尾道へ。帰り際にTさんにこっそりイノシシの肉を送ってもらうようにお願い。名古屋で牡丹...

街それぞれ。

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(写真を撮っているのですが、アダプタを忘れてアップできず…) 昨夕尾道に到着した。駅を出ると眼前に尾道水道が広がり、ドックが点在する。振り返れば急斜面に張り付くように建つ家々。瀬戸内の風景。 名古屋から鈍行で8時間、こんなことをするのは十数年ぶりだ。岐阜の山の中から京都の直前までは雪景色で、西に行くほどに柔らかな日差しが注ぐ。小説を片手に、西へ西へ。 ホテルに着いて荷を下ろしてさっそく街へ繰り出した。時間からしてあまり遠出をしても帰りが面倒くさいので、街を散策した。斜面と海の間の猫の額のような狭いスペースに立ち並ぶ商店、その間を細い路地が網の目のように張り巡らされ、その路地にもカフェや雑貨屋などの小さな店がひしめく。人口10万人そこそこの小都市(日本的に言えば)としては、とても活気がある。 街を巡りながら、閉館間近の映画博物館と歴史博物館を廻る。 小津安二郎や新藤兼人がしばしば撮影に使ったこの街。尾道には路地や港町らしいレンガ造りの古い建物が数多く残り、とてもレトロな雰囲気が、そういえばどこかで見たことのあるような既視感を覚えさせるのはそのためか、と納得する。そして、さらにこの小さな街にずいぶん多くの映画館があるという。これも興味深い。映画博物館では、新藤兼人が大きく取り上げられていた。この人はずいぶん尾道が好きらしく、数多くの場面でこの街が使われているそうである。 歴史博物館は微妙だったので、おいておくが、一時は広島県の県庁所在地の候補ともなったという尾道。残念ながら、港町として「過去」の繁栄に乗っかってい「た」雰囲気は否めないが、多くの小都市の商店街がうらぶれていく中、若い人が開いた店がポツポツと見られるのがこの街の底力と新たな芽の息吹を感じさせる。たとえば、関東で言えば鎌倉のような雰囲気を持っている。神社仏閣と若い力、モノ作り、基幹産業と言われた造船業…温故知新がしみ込んだ街。 初日の感想でした。写真を見せられないのが悔いを残すのですが。 にほんブログ村

旅に出ます。

2週間ほど前に書いた通り、明日から年明けまで旅に出ます。 尾道⇒広島⇒福岡。 18きっぷ一枚でふらふらと旅します。でも雪が強くなってきました。ちゃんと電車が動くかが心配…でも9月にお会いした今年の大きなイベントを乗り切った方々との再会もできそうなので、本当に楽しみ。食べて歩いて、ちょっと仕事も持ち込んで…一年の垢を落としてきます。

「デートの強い味方!」ん???

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FBで知人が載せていたこの表紙。 Tokyo Walker誌に挟まっているらしいのだが、なんじゃこりゃ?近年、クリスマスにカップルで高級レストラン⇒高級シティホテルなんてコースを巡るバブリーな一日を過ごす人たちも少なくなったそうだが、その代わりにお勉強しながらデートしましょう、ってこと? なんていう世相を反映しているものでもないらしい。なんと110万部、7,000万円の経費が掛かっているとか。しかも、文科省が拠出…う~ん。FB上のコメントも皮肉るのが精いっぱい。超脱力系の企画… 頼むぜ。文科省。調査に行きたくてうずうずしてるやつ、100人はアフリカに送り込めるぜ。100本の論文が出てくるんだよ、7000万って。

青春18きっぷ。

「青春18きっぷ」、お世話になったことのある方も多いのではないだろうか? 年末年始、今年は相方の実家のある福岡に帰ることになった。その途中、9月にブルキナにご一緒したMさんがお住まいの広島は尾道にお邪魔することになって、ずいぶん早い時期から18きっぷを利用することを考えていた。尾道、広島で何泊か、そのまま福岡へ、帰りもどこかプラッと一泊。 大学1年生、2年生のころと、18きっぷを買っては鉄道で旅行をした。今とずいぶん仕様が違うのだけど、以前「大垣夜行」と呼ばれていた(最近は「ムーンライトながら」)大垣までの直通電車に横浜から乗り(横浜発0:02なので)、1日でどこまでいけるか、とかやってみたり、乗換をするところで、一番先に来た電車に終点まで乗る、とかわけのわからないことをやった。 さすがにこんなことは今更できないけど(思い出したらやってみたくはあるけど)、本を何冊か持って、じっくり小説を読んで、景色を見て、ウトウトして。久しぶりにそんな旅行もいいかな、と思い、とても楽しみにしている。最近海外に行くのは完全に仕事になってしまったけど、こんな仕事をするようになった原点がそこにあるはず。少し当たり前になった日常を離れ、尻の痛さに耐えてみようかと。

『BT63』池井戸潤 講談社文庫

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アフリカでの調査、小説の何冊かは持って行かないとすっかり娯楽を失う。普段なかなか読めないので、大体表紙を見て直感的に買う。そんなわけで、今回も調査前にほかの買い物がてら小説コーナーでなんにも考えずにパパッと小説数冊を購入。しかし、この「BT63」[[[[[下]]]]]と書かれた一冊のみをカバンの中に発見…下巻から読んでも面白くない、と思ってきれいなまま日本に持って帰ってきた。帰ってから上巻を購入し、いざ! 著者の池井戸氏、銀行ミステリーの名手だとか。まだほかの作品を読んでいないので、何とも言えないけど、この本については金融系の話は話の骨格ではそれほど重要ではない。それよりも、構成として面白かったのは、夢の世界と経験したことのない父の記憶が、まったくずれた焦点が次第にあっていくように、話が整合してくところだろう。その意味では少々ファンタジーの臭いすらする。もしかしたら「昭和」の時代を書きたかったのかな、とも思わせる。 決して読んでいて不快な感じはしないのだけど、スッキリしない小説だな、というのが率直な感想。まず、BT63の「63」が何を意味するのか分からない(たぶん、昭和38年の西暦?)。「BT21」というトラックは出てくるけど、どこかで示唆してほしかった。あと、琢磨(息子)の離婚や病気などがどうも話の展開で意味を持たない。結構大事な話のようなのに。 夢の世界と現実世界を行き来する琢磨を「精神病」の設定をすることで、この話にある種の厚みを持たせているのはわかるが、はたして、別に「精神病」であった必要性があっただろうか。銀行出身の筆者の嫌銀行の世界感はわからないでもないけど、逆にわざわざこの設定にしない方がよかったように思う。 そんなわけで、カタルシス不足、話の根拠がよくわからないなど、とても傑作とは思えないけど、読んでもいいかな、という感じ、だということだけは記録しておく。