道尾秀介『月と蟹』文春文庫(2013年)


今は読んではいけない、と思うと手が伸びてしまう小説。調査の際の精神衛生管理のために鞄に入れておく小説は大概そんな葛藤を生み出す。

道尾秀介の小説は以前から何冊か読んでいて、ミステリーというか、少しオカルトチックなイメージがあった。結局本屋で気になった本が見つからず、関空の本屋で直感で買った。直木賞を受賞しているということで、面白くなくないわけはないだろう…と思って。

アフリカ子ども学、などとここのところ自分の研究を標榜しているけど、子どもを描くのは実に難しい。僕ら大人は必ず子ども時代を通ってきているはずなのに、その時の感情や考え方をもう一度しろ、と言われてもまずできない。忘れてしまうのか、経験の中に埋もれてしまうのか、はたまた別の理由なのかはよくわからないけど。

この本は慎二という少年を主人公を中心に進められていくのだけど、子どもを中心に親の再婚、暴力、子ども同士の友情や甘酸っぱい初恋、嫉妬や苦悩が描かれていく。解説にも「生のあやうさ」という言葉が出てくるけど、まさにそんなところを描きたかったのではないだろうか。

その中でも、ヤドカリを焼く、そこに願をかけるとそれが叶う、というストーリー設定。少しグロテスクで、子どもに特有の残酷さが如実に現れる行為は呪術的だけど、結局それは呪術的でなくて、春也の複雑な感情の蟠りから生まれ来る「行為」だった。そしてそれをわかってしまう慎二は少し大人びすぎだけど、その結果…

いずれにしても、次第に雁字搦めになる少年たちが子どもであることの苦しさは、この作品では「父」という存在に求められそうだ。慎二の父はがんで早世、惜しまれながらなくなり、慎二の父の父、つまり祖父の昭三は、慎二が心を寄せる鳴海の母を事故で亡くした時に同じ船に乗っていた船乗り、男やもめの鳴海の父は慎二の母に思いを寄せ、春也の父は暴力癖がある。親を偲び、親を愛し、親に殺意を抱く…こんな風に立体的に子どもの感情を描き出したこの作品は秀逸だろう。次作も期待したい。

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