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パスポート書き換え完了!

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2014年度最後の日、9年半使ったパスポートの書き換えが完了しました。 最初にパスポートを作ったのが、20歳の時。2冊目のパスポートが残り期間半年ほどになることから、早目に書き換えをすることにしました。大学生時代には、スタンプラリーのつもりで、とにかくスタンプがほしかったように思いますが、最近は、できるだけ省スペースで、「何ページに押してください」という指示もだしていました。 新しいパスポートはICチップの入ったもの。今やめずらしくないですが、確か、この2冊目のパスポートを取った直後に変わったのではなかったでしょうか。 いやはや。約10年間、一度も事故に遭わずに過ごせました。お勤めご苦労さまでした。そして、新しいパスポートも安全な旅とエキサイティングなアドベンチャーの供で長くお願いしたいものです。

素晴らしい祝辞②[立教大学2015、立教新座中高等学校2011]

卒業シーズンも一段落。毎年、いくつかの学校の祝辞が注目されますが、今年も素晴らしいものが紹介されていました。 立教という学校には全く縁もゆかりもありませんが、たまたま2つの祝辞に接する機会があり、それらにいたく感銘を受けました。双方、それぞれのホームページから拝借してきました。是非ご一読ください。 立教新座中高の渡辺校長の「祝辞」は、実際には生徒の前に話されていないようです。2011年のものだからです。3.11後、多くの学校の卒業式が中止され、「祝辞」は「メッセージ」と呼び換えられたのが印象でしたが、こうした時期だからこそ新しい門出を迎える若者たちに言葉をかけたい先生たちの言葉はより鋭く、重いものになっていきます。以 前、 高橋源一郎さんの祝辞 を紹介しましたが、これも大変すばらしいものでした。 渡辺校長は、大学に進むことを「海に出ること」にたとえ、「津波」に負けない強い人間になるように訴えています。 「 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。」 ちょっと熱すぎるか、そんな風にも思ってしまいますが、大災害で混乱した当時の社会でのこと、敢えてこうしたことを述べられたのだと思います。 このメッセージを受けた立教新座の高校生たちが進んだであろう、立教大学の吉岡総長は(大学院の卒業式でのものですが)、大学という、知の海で、「考える」ことの大切さを説きました。大きく首肯できる、今の時代にとても大切な言葉を紡がれたと思います。 「 大学は「物事を根源にまで遡って徹底的に考える」場所です。 やや誇張した言い方をすれば、大学が存在しているのは社会の中で大学以外にそのように物事を徹底的に考える場所が他にないからです。もしもそのような場所が、社会の至る所にあるのであれば、大学は不要でしょう。 あるいは逆に、社会がもはや考えることを全く必要としないのであれば,(そのような社会が望ましい社会であるか、そもそも人間の社会と言えるかどうかは別として)、大学は存在意味を失うことになります。 立教大学は、今述べたような「徹底的に考える場所」であることを自らに課してき...

待ち遠しい…

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http://dragons.jp/fan/livedragons/2010/ とうとうきました。やっときました。この日。 プロ野球開幕です。今年もあんまし強くないんだろうな…とは思うので、勝ちにはあんまり期待はせずに、でも、エキサイトさせてくれることには期待しながら、半年間楽しみたいと思います。 せっかく大阪でやるのに、見に行けないのが残念ですが、ナゴヤドームには足を運びたいもの。 名古屋の仕事が増えますように。 さぁ、帰ろ。

川田順造2014『<運ぶヒト>の人類学』岩波書店

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川田順造先生の最新作。今年で80歳になられるとは思えぬこの精力的な執筆欲…本当に感心しきりである。 書評などはできないし、多くの学ぶべきことがあるのだが、簡単にこの本のあらすじを意識しつつ、メモをつけておきたい。最後の部分は、結論じみたものはそれほど強く出されておらず、少々尻切れトンボのような印象を受けた。しかし、「運ぶ」ということを通しての人類史を書かれたかったと解釈して、「運ぶこと」を通しての照射できる現代社会のありよう、というところを主張されているのではないかと推察する(間違ってるかもしれないですが)。 そんなわけで、以下メモと目次を載せておきます。 +++++++Note+++++++++++++ ヒトが直立二足歩行するようになって得られたもの ①大きな脳を支えることが可能になった ②口腔の構音器官が多様化して分節された発音が可能になったこと ③直立した歩行と、自由になった前肢とによって、相当の嵩と重さのものを、長い距離運べるようになった(ホモ・ポルターンス) ◇研究の方法 できるだけ異なって見える文化を三つ選んで比較するやりかた(文化の三角測量) ①歴史上関係があったことが明らかな文化を比較する ②地理的にも文化的にも著しくへだたり、相互に直接の影響関係がまったく、あるいはほとんどなかったような三つの文化を比較する ②のやり方を使って比較研究の事例を提示 -労働に対する考え方を、フランス、日本、モシ社会の労働を慰労する言葉から考える。 -女性の自己主張の強さを、親族システムから考える。 -道具も三角測量によって比較が可能 ⇒こうした方法論を「身体技法」としての運び方に援用していく。 ◇「身体技法」としての運び方 先行研究:モースの「身体技法」、ボアズの「運動習慣」(川田氏自身はボアズに近いと述べる) 「地域の文化に条件づけられた身体の使い方である身体技法」 「生きる営み全般にわたってほとんど意識されずに日々くりかえされている身体の使い方が…個人を超えてある範囲の人々に共有されている「おこない」を、成り立たせている」 「個人の身体の使い方は…意識するにせよしないにせよ、条件づけられていて、ある身体技法を生んでいる。」 「社会と個人は、身体技法の集合である「おこない」を媒介として、だが一方が常に他...

ホームページ仮オープン

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ホームページ「SHIMIZU Takao's page」を仮オープンしました。 基本的に仕事用で、今の職場の契約が切れたあとも使えるように、業績リストと少しずつ業績の一部を公開する場として使っていきます。このブログもリンクを貼ってあります。 そして、たいして上手くない写真も少し上げてみようと思います(こちらは現在セレクト中)ので、見に来ていただけるとうれしいです。

"The Thomas Sankara The Upright man" 2006, Director: Robin Shuffield (映画)

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ずいぶん前に買ったDVDなのだけど、今書いている原稿に役立つだろうと思って、朝から視聴。 そういえば、サンカラ元大統領の声をしっかり聴いたのははじめてかもしれない、と思って、彼の声に耳をそばだてたのだけど、う~ん…普通だ…ゆっくり、はっきりしゃべるので、彼の演説はとても聞きやすかっただろうなとか、コミュニケーションをとる風景では、サンカラの話しかけ方もブルキナでよく見かけるような光景だなとか。今でもブルキナベが彼に共感するのは、彼が意外に普通なこと、そんな感覚を常に持ち続けた、「近い」大統領だったからなんだろう、と思った。 ともあれ、このDVDで紹介されている、サンカラの功績は ・女性の権利の向上 ・パブリック・ヘルスの整備 ・線路や道路など、インフラの整備 ・内需拡大を狙った経済政策 ・国民の政治への組み込み(民衆を軍事訓練に参加させた) などなど。 サンカラに一貫していたのは、帝国主義、植民地主義に抵抗していくことで、それを国民の生活レベルで実践することを求めていったことだろう。フランスが彼を消そうとしたのは、ただ鬱陶しいハエを追い払うためではなく、彼がフランスのアフリカ支配の戦略の核心を突いていたからだろう。コンパオレ前大統領も多くの功績を残した立派な大統領だと思うが、なぜ、サンカラが神格化され続けるのか。それは、自分の思いを国民に、愚直なまでにダイレクトに伝え続けたからではなかったか。 などなど、こんなことを思った。英語のサブタイトルも着いていて、親切なDVDです。まま、お勧めです。 にほんブログ村

フィールドぶらり1「岐阜」

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(關野さんのFacebookより拝借) 職場の研究員8人とこんな本をだしました。一応、ISBNなんかもついていて、期せずしてちゃんとした出版になりました。 内容はといえば、先日、記事 1 、 2 で紹介した岐阜での合宿の時に行った座談会をまとめたものです。僕の発言自体は結構適当だったように記憶していたのですが、何とかその後の校正の時に軌道修正して何とかみられるようになった。 僕はこの集まりで、こういう緩くディスカッションできる場を「タスク化してはいけない」と言い続けていたのだけど、このブックレットに関してはコンダクトしてくれた三村さんに感服。本当によくできています。相変わらず、これをタスク化していくことには少々懐疑的であり続けるのだけど、この手のブックレットが10冊、20冊と溜まっていったとき、かなり面白い資料になりそうだ。やっぱりタスクになっちゃうかな…