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「食文化と博物館 食べるフィールドワーク」2月8日@中部大学

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今年度は県内の短大で食文化についての講義を頼まれた。中尾佐助、小泉武夫…と並み居る大御所の中で、石毛直道氏の著作はもっとも参照にした文献だった。 調査地の幅の広さ、食器や料理器具、所作に至る、食にまつわる分析枠組みは非常に参考になった。すでに第一線からは退かれていることもあり、なかなかお話を伺える機会は少ないのだが、2月に講演会が設定されたので、さっそく予約した。 これ以上食欲が増してしまうのは困るが、「研究」のためにて。

グローバル化するプロ野球にも文化相対主義を

ドラゴンズに川上憲伸が帰ってくることが決まり、何やら福留も帰ってくるとかこないとか。数年前の雄姿を心躍らせて見ていた身としては、さほど活躍できなかった彼らの今の実力に小さな疑問符を打ちながら、とても楽しみにしている。 我々の世代では、野茂がメジャーに行ったあたりから日米間野球交流が本格的に始まったと認識しているのではないだろうか。あのころ、メジャーリーグにどんな選手がいたか、など、精々昔ベーブ・ルースがいたことを知っていたくらいで、まったく知らなかった。時々、どこかの球団がメジャーで活躍したxx選手が云々…ということを新聞記事で読む程度で、何がなんやら、だった。 あれから10年以上経ち、ずいぶんたくさんの選手がアメリカに行き、大半は夢破れて(たように見える)日本の球界に帰ってきた。「メジャー帰り」…確かに。しかし、その後メジャーに行く前よりも活躍できた選手は少ない。にもかかわらず…今年もたくさんの選手がメジャーを目指した。 ダルビッシュもその中の一人だったけど、彼の「勝負がしたかった」というのは、野茂以来のさわやかさがあった。ほかの選手はどうだったか。確かに、野球/Baseballが生まれた土地、アメリカは野球先進国、それは間違いないだろう。しかし、それにしても、「プロ」選手が自分の力/性質を客観視できない、ということもないだろう。 選手がどこでプレーをしたい、ということでどこに行こうがいいのだけど、たとえば、なんで野球が盛んになりつつあるところに行こうとしないのだろう。いろいろとそんなことを考えつつ、ストーブリーグの選手の言動を見ていると、彼らの発言がパターン化してい「た」のがわかるし、さらに、最近では、メジャーに行くことが、ちょっと一流になったら誰も疑わなくなってしまった感じさえ受ける。 たぶん、もう日米の野球の技術的な差などは対してない。むしろ、すでに違うスポーツだとする意見も目にする。そこで、我々の学問が共有する「文化相対主義」というのをプロ野球選手にも提案したい。文化相対主義というのは、「文化には優劣はなく対等だという大前提があり、そのうえで、まず、ある文化を外部文化のものさしでは測れない、という態度を保持すること。そして、自文化の枠組みを相対化したうえで異文化を相手側の価値観から理解すること」だ。 行くなら行ったらいいけど、僕ら「プロ野球」ファンは、でき...

何年か前なら最強だ。

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本日の『中スポ』。驚いた。川上憲伸が中日に復帰、という記事が… 川上が抜け、今のエース吉見が育ち、投手王国を築き上げた。確かに魅力的だけど、年齢のこととか、年俸でもめまくったこととか、メジャーでまったくうまくいかなかったこととか…確かにガッツあふれるプレースタイルはなかなかファンを魅了するのだが、なにかしっくりこない。憲伸は数字が悪いのに勝ちがついてくるパターンの投手で、吉見などの数字に基づいた成績を残す投手とは毛色が違う。ほかに川井などはそのタイプだけど、徹底的に内野ゴロを打たせるタイプだから出会いがしらで打たれるのが数字に反映されているから。しかし、以前のパワーピッチング、三振を取りに行くピッチングのままなら、もしかしたら難しいかな、などとも考えてしまう。 今年はもう一人、山崎武司がドラゴンズに戻ってくる。話題性は十分。間違いなく彼らが何年か前のままならムチャクチャに強いチームになりつつある。「何年か前の状態なら」間違いない。少し期待して見てみよう。今年も野球は楽しくなりそうだ。

立ち止まる

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23日に一足早く今年度のイベントらしきものの大部分が終わった。もちろん残務処理はまだ残っていて、もう一つ新しいプロジェクトはあるのだけど、本当にとりあえず一段落。残務処理と準備を少しずつこなしているのだが、その先のことは返事待ちの何件かが決まってから、ということで、いったん立ち止まってみようと思っている。 よく考えてみたら、11月の出張前から怒涛のように日々が過ぎて行った。広島⇒福岡旅行でずいぶんリフレッシュできているので、追いつめられた感はないけど、やり残したことは多い。特に10月末の次世代育成セミナーで叩いてもらった論文がほぼ手つかずな状態であること、あともうひとつ、在日アフリカ人の論文が一本浮いている。 まずは一昨日あたりから、ストリート・チルドレンに関する論文を洗いなおしてみる。「アフリカ研究」であり、「NGO研究」であり、「子ども研究」であるこの論文は、後々考えてみると、ずいぶんたくさんの概念にがんじがらめで、本当に必要だったいくつかの研究、たとえば、「ストリート・チルドレン研究」や日本の「寄場研究」、「ホームレス」研究と言った蓄積のある分野を飛ばしていたことを指摘され、また、自分でも気が付いた。「在日アフリカ人」の研究もしかりで、昨日プールで泳ぎながら考えていたら、たくさんのことをやり残している。 今の身分、今の時代、たぶん控えめにしていたのでは喰いっぱぐれてしまう。一つ一つ。一歩一歩。そして時に立ち止まって見直さねばならないことがたくさんあったことを感じたここ数日間。 にほんブログ村

花祭りシンポ

あれ?S田さんが一生懸命作ってたポスターがHPにアップされてない… 我らが名大比較人文学講座が長年力を入れてきた奥三河の「花祭り」。毎年シンポを張って積極的にアウトプットしているけど、今年は特に大きくやっている。なぜが西行学会が、文化人類学会東海支部と共催。明日は談話会(文化人類学会東海支部)も。 http://www.lit.nagoya-u.ac.jp/research/society/12122/ 今日は鈴木先生のお話のみ伺ってきた。奥三河から南信濃にかけての広域に広がる祭祀に関する総合的な解説がとても勉強になった。昨日も研究会でその前も立て続けにいろいろあったので、ちょっと眠くて今日はこのあたりで。

宮本正興教授退職記念シンポ

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アフリカの文学研究の大御所、宮本先生が退職される。その記念シンポに行ってきた。 宮本先生がアフリカ文学の研究を始められた60年代、きっと日本のアフリカ研究はまだまだ「探検隊」の雰囲気をたっぷり残し、「未開」を知る研究が多かったはずだ。この時代の研究成果は今でも僕らアフリカ研究者にとって、とても大切なものだ。 もともと言語学を専攻された宮本先生の慧眼はこの時代の「文学」に目を向けたことだ。この日の講演でお話になった砂野先生などもおっしゃっていたが、現在の大学では文学研究は衰退している。その中で、文学に現れる人々の思想と渇望。アフリカ(に限らないが)の声を聴くには、こうしたテクストを紡ぐ力を育て、そして、紡がれた声に耳をそばだてることの大切さ。 残念ながら、宮本先生とはお話すらしたことがない。しかし、穏やかな表情で丁寧にお話になる宮本先生のお人柄が読み取れたような気がする。きっと教育者としても素晴らしい方だったのだろうな…と。 ともあれ、アフリカ研究オールスターズのようなシンポ。ちょっと得をした気分で帰宅の途に就いた。

田中慎弥氏を思う。

ここ数日間、もっとも世間を騒がせているのは、芥川賞を受賞した田中慎弥氏ではないだろうか。石原慎太郎氏との掛け合い、受賞のインタビューなど、ここ数年で記憶にないくらいに盛り上がっている。 さまざまなメディアで報道されているが、日経ビジネスon lineの小田島隆氏の記事( http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120119/226297/?mlp )は白眉だ。残念ながら田中氏の作品は未読で、名前すら今回知ったくらいなので、田中氏がどのような人物かということを知らなければ、芥川賞とか直木賞受賞作など、ブックオフで安ければ買う程度にしか注目もしてこなかったので、いわゆる文壇のこともよう知らない(一応、文学研究科の院生としては恥ずかしい話だが)。 小田島氏によれば、選考委員は任期はなく、「選考にあたるメンバーが、受賞作の販売元となる企業の差し向けた人間のみで構成されており、賞を得た人間が、その文学賞配給企業御用達の選考委員諸氏に対して麗麗たる感謝の言葉を並べている現状」(小田島氏)なのだとか。なんだ、出来レースだったのか…今まで僕の生活にあまり関係がなかったので、関心がなかったけど、なんかガッカリ感がある。 石原都知事のパフォーマンスに田中慎弥氏の応答、石原氏の再応答、順を追ってみていくと、小田島氏の指摘した、文壇自体の問題は非常にリアリティをもっているように感じる。プロレスのような境界的なエンターテイメントなら、ジャッジが演壇に包摂されていてもいざ知らず、小説はせめてガチであってほしい。たとえ、この騒動が実は石原氏と田中氏が仕組んだパフォーマンスだとしても、個人的にとても楽しめたので、これから生協で田中氏の本を買ってみようと思う。受賞作はしばらくして文庫化されてからにさせてもらおうと思うが。