ブルキナファソ調査【20191217-20200117】③Sagbotenga(2回目)-1
モスクでのバプテムの光景 |
Ibrahim Sanfo師最後のショット(20180813) |
Ibrahim師は、私に何を伝えてくれたのか。もちろん、モシ社会に居ついた商業民、ヤルセの歴史や、ブルキナファソ(モシ)のイスラーム社会におけるSagbotengaの位置づけ、また、Ibrahim師が若かりし頃のブルキナファソの様子など、文献ではなかなか知りえないことは聞き取れたが、それだけにとどまらない。お会いするたびに慈愛に満ちたまなざしで出迎えてくれて、師よりもよい椅子を勧めてくれ(もちろんそんなのには座れない)、村で食事をとる時などは、わざわざ鶏を絞めてくれたり…老師の教えは彼の所作や、人に接する態度、客を迎えるときのもてなしなど、人間的なところに至るすべてにおいて「師」と呼ぶにふさわしい方だった。
しかし、Ibrahim師の雰囲気は、東野英治郎の水戸黄門。いつも微笑みを称え、ちゃんと冗談も言うお茶目な側面があり、こちらの質問に対しては、にこやかな顔をそのままに、一生懸命に昔のことを思い出し、その時にあるすべての情報を与えてくれる。ソフトな知識については、きっとこの後も「もう一度お目にかかって話を伺いたい」と思うことが多々出てくるのは間違いない。その意味で、もっと勉強しておけばよかった…と後悔することも間違いない。
しかし、これも天命。Ibrahim師には二度とお目にかかれないが、彼の隣にたたずむ聡明そうな若者はSeydou Sanfoさんと言い、Ibrahim師の集落の隣の集落で生まれ育った。彼はニアメの大学で歴史学を修め、現在、Fada N'gurumaのフランコ・アラブで教鞭をとる23歳。前回の調査のときに2日間だけ一緒に村のなかを回ったが、とても優秀で、一緒にSagbotengaのことを学ぼう、としている。こうした楽しみな若者が様々な点を保管してくれるだろう。
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