ブルキナファソの政変①


(http://burkina24.com/2014/10/25/blaise-compaore-cette-reforme-ce-nest-pas-pour-moi/ 20141105取得)

1987年、盟友トマス・サンカラを殺害しクーデタを成功させたブレーズ・コンパオレ。以来27年にわたる長きに渡ってブルキナファソの大統領に君臨したが、見た目は本当にあっけなく政権は倒れ、本人はその大統領選で力を貸した隣国コート・ジボアールに逃れた。
僕自身、もちろん、コンパオレ「前」大統領の為政化のブルキナファソしか知らないので、これからどうなっていくのか、将来への不安もあるが、あまりに当たり前だったものがなくなったことによる喪失感すらある。
Facebookにもずいぶん書き込みをしたのだけど、こちらの方ではもう少し詳しく書いてみようと思う。
なにはともあれ、この問題は、27年という長きに渡ったコンパオレ大統領が「憲法37条」、すなわち、「大統領は2選まで認められる」とする、3選を禁ずる条項を変更するための国民投票を行う法案を国民議会に提出したことにある。しかし、ある日突然この法案が出てきたわけではなく、これまでにもいくつかの局面でこのアンタッチャブルへのアクセスが認められる。コンパオレ前大統領自身がこの条項に直接触れたのは、おそらくはこれが最初だったのではないだろうか。「直接」と言ったのは、間接的に37条を変更する伏線のようなものは、いくつか思い当たる節がある。たとえば、昨年末あたり話題となった、Senat(「元老院」)の設立が代表的だろうか。元老院は国内の有力者によって構成され(たしか、終身身分ではなかったか?)国会での決議に影響を与え、憲法改正の反対者に圧力をかけることができる。この元老院の設立の法案が上がった時、ワガドゥグの市民が立ち上がった。デモを起こしたのだ。僕の友人も何人も参加、その時のある友人の言葉はまさに今回の抗議運動を予言しているかのようだ。

「俺たちの行動は、元老院に反対するだけではない。コンパオレ大統領の退任を求めるものである」


(https://www.facebook.com/bbcworldnews/photos/pcb.10153770313392588/10153770307547588/?type=1 20141105取得)

そして、2014年10月21日。ブレーズ・コンパオレ前大統領は憲法37条の改正を目的とする国民投票実施についての法案を国民会議に提出することを決定、これに対して野党が国民に不服従を呼びかけ、デモがおきた。27年間の大統領生活の中で、初めてのことではない、こうしたデモ。おそらくコンパオレ前大統領は今回もなんとかやり過ごすつもりでいたのではないか。
とりあえず今日はここまで。その後30日にこの写真のようなデモが起こり、体制が動いていく。その過程を次にまとめてみたいと思う。

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