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カレンダー

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  2026年のカレンダー 出張の用務の合間に「緑のサヘル」の事務所に寄った。事務局長の菅川さんとはずいぶん長い付き合いで、私が来るなら、と週末にも関わらず事務所を開けてくれるという。少々恐縮しながらも久しぶりの再会に向け、手土産を持ち、少し早めに到着する。 事務所に到着し、先日のブルキナ出張のことやらをお伝えする。その政治的な体制はともあれ、少しずつ新たな日常を取り戻すブルキナファソのことをお伝えし、菅川さんからは活動のこと、カウンターパートのことなどを伺う。関西在住ということもあり、なかなかお目にかかる機会も少なく、積もる話もたくさんある。 さて、1991年に活動を開始した「 緑のサヘル 」。もう35年の歴史を持つ、アフリカをフィールドとするNGOとしては老舗中の老舗だ。コロナ禍の煽りを受け、あまり元気はないが、砂漠化対処、アフリカの人びとの生活支援、近年では国内避難民への支援など、その活動意義は全く薄れることはない。こうした活動は、菅川さんの献身的な活動、会員の会費や助成金により支えられている。すでに手あかがついてしまった感は否めないが、「ファンドレイジング」という言葉がNGO界隈でも流行したが、これは、裏返してみれば、日本という土壌に「寄付文化」が根付いていないことを示しているわけだが、そうは言え、団体の維持のためにはお金は必要。緑のサヘルの場合は、大きな柱として、毎年カレンダーを出している。 カレンダーは2001年以来、写真家の 小松義男さん による写真提供により毎年発行している。今年で26年目。私も10年ほど前から毎年購入しているが、小松さんの写真はとにかく人の表情がよい。ここまで人の笑顔が撮れる人はいないだろうし、直線的な絵を好まない、つまり、人間(や人間が作り出す)の曲線の美しさ、言い換えれば、「人間」と「人間の仕事」を撮ろうとしてきた哲学が込められていると勝手に思っている。毎年当たり前のように「今年はどうしますか?」と連絡があり、新年に新たなカレンダーにかけ替える、という日常的なイベントだったが、今年でそれも終わりなのだという。小松さんももう80歳。体の自由が利かなくなり、編集をしてくれている方を含め、「潮時」なのだという。 とても残念なのだけど、これも時間の流れ。致し方ない。受け入れるしかない。 最後のカレンダー、まだあまりがあるようです...

【業績】「「地域研究」としての西アフリカ研究: 食文化研究を中心に」@『アフリカ』アフリカ協会

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  明石書店のエリアスタディーズ・シリーズの一連の出版が済み、さて、これから自分の原稿にかかろうか、と思うと、新しい原稿執筆依頼がやってくる。そういうときは、大体一時に複数いただくもので、今回もそのうち紹介できると思う原稿依頼2本と共に数日の差でやってきた。(そしてもう一本やってきたフランス語→日本語の翻訳(しかも締め切りまで2週間!)はさすがにごめんなさいしました…) (一社)アフリカ協会が発行する 『アフリカ』2025年冬号 に「「地域研究」としての西アフリカ研究:食文化研究を中心に」という論考を寄稿しました。この雑誌、アフリカに関わる外交官が中心となっているもので、学部生の時代は特に貴重な国際政治や国際経済の情報源として読んでいました。しかし、しばらく手を取る機会もなく、どこからかお誘いいただきました。 研究動向が今回のお題ですが、それほど学界動向を意識して研究したことはなかったのですが、ずっとモヤモヤしていた「地域研究」なるものを考えてみたくて、最近、もはや「専門」と言っても過言ではなくなってきた食文化研究から地域研究を紐解く、ということを目指して「食文化研究」と「地域研究」がいかに相性がよいか、ということを書きました。個人的に高谷好一さんの『 世界単位論 』に感銘を受け、かなり意識的に研究に取り入れているのですが、このことが書けたのはよかったかと思っています。

【フィールドワーク2025ー2026】滞在最終日+今回の滞在で食べたものたち

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  Riz au Soumbara(Tanti Propre) 本日で今回の調査の全行程が終了。年末年始を絡ませての調査で、どれくらい動けるかが不安な中、さらには 1年半ぶりの調査で、挨拶でもう少し戸惑うと思っていたが、SNSで頻繁にやり取りをしていたため、思ったよりも実質的な調査ができた。もちろん、もう少し丁寧に調べたいこともあったが、9日間という短い間ではこれが精一杯か。 公的なデータの収集がままならないことは織り込み済みだが、細かい資料の位置づけがいまいちピンとこない。もう少し概略的な資料が欲しいところ。 調査の内容を少し具体的に言えば、前回からはイスラム系のアソシアシオンに着目しており、状況のアップデートが重要な項目だった。前回の調査でワガドゥグ北部の国内避難民のアソシアシオンにコンタクトが取れており、今回もそこの代表に話を聞けたのは大きな収穫。さらに、ストリート・チルドレン支援のNGOを通じて2か所のアソシアシオン、コミュニティにコンタクトできたことは、この調査自体を広げていくために重要で、次回の調査につながりそうな予感がする。ただ、この時期、役所が閉まっていて統計資料や文書資料にアクセスできなかった。国内避難民関係の資料の収集は、次回の課題といったところ。(UNHCRとかかな…?) さて、何かもう新しいネタはないのだけど、今回どんなものを食べたかをレビュー。 Atyéké avec Salades et poisson 今回の滞在で2回登場したのが、この写真のアチェケ。1年半ぶりくらいで、今回一番食べたかった料理。バサワラガ通り沿いのセネガレで食した。モチモチの食感で、なかなかのクオリティ。魚とサラダ(もう少し野菜が欲しかったが)を混ぜていただいた。 Atyéké avec Salades et poisson そして、イマームのお宅にて。スンバラ・スパゲッティ。懐かしい面々で食べる食事、その後のお茶も笑顔の中で。マウルードの祭礼のため、イマームのお父さんがいらっしゃり、この後ご挨拶に行く。 Spaghetti au Soumbara ホテルはいつものKAVANAで、隣のRestaurant Mame Diallaにも必然的に何度か行くことになる。この日はマフェ。前回より米が増量されているような…マフェは1,000Fcfa。今となってはあまりおつ...

【フィールドワーク2025-2026】一国の誇り:ブルキナファソの決断

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  新年早々ですが、ブルキナファソ(多分マリとニジェール)もサヘル三国へのビザの制限に報復して(公用以外の)ビザの発行をやめました。フランスに続いての措置です。年末のものとは言え、なんだか物々しいニュースから1年が始まりました。 2023年に先じてビザ発行を停止したフランス。現在、ブルキナファソにはフランス国籍を持つ人はほぼゼロと言っていいくらいです。ブルキナべの場合は、 シェンゲンビザ を取得し、ヨーロッパからの唯一の直行便を出しているベルギーに渡ってフランスに行くのだそうです。逆に、フランス人はこうした方法がなく、ブルキナファソ国内には二重国籍保有者かNGO関係者くらいしか存在しない、ということになります。 世界の片隅の出来事で、実利的に強情を張っているようにも見えるし、経済的な影響など全くないので、誰の関心も呼ばないのではないかもしれません。しかし、こうした小国がここまで艱難辛苦を経て尊厳を傷つけられて我慢も限界に達したこと、そして、自分たちの尊厳を守るための誇り高い判断だと思います。 現在のトラオレ政権になってすぐに、フランスがブルキナファソを去り、2年半ほどが経過しました。ブルキナファソは、現在いわゆる軍事政権下にある国です。情報は統制され、市民生活はある程度制限されていることは間違いありません。しかし、フランスが去って困っている人は特に僕の周りでは少なくありません(民芸品屋とかレンタカー屋とかNGO)。しかし、こうした生業は遅かれ早かれ見直しが必要であったわけで、フランスが去りその時期が少し早まっただけのようにも見えます。ワガドゥグの街を見るにつけ、フランスの経済的影響力は中国、インド、トルコと言った新興の国々により、相対的にそれほど大きなものではないし、しばしば聞く、薄汚いフランスの商売のやり方が少なくなったことで街自体は相変わらずの活況があるようにも見えます。フランスの影響はともあれ、軍事政権であることは欧米で教育を受けた大学の教員ですら納得ずくで、むしろ、200年に渡って人類(欧米)が築き上げた「民主主義」という概念に強い疑問を呈している、という話も聞きます。このことは、大変興味深いし、僕らも少し立ち戻って考えるべきことだと思います(かといって、現在の日本の状況を良しとは全く思いません。為念。)。ここまで色々な人と話す中で、「軍事政権」とい...