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【フィールドワーク2026⑤】機内食@トルコ航空

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  世界三大料理と言えば、中華、フレンチ(私は賛同しないが)、そしてトルコ。あまり馴染みがないこともあり、私はまだまだトルコ料理が何たるか、ということはあまりよくわからない(勉強しろ、という話)。しかし、ここ10年くらいの間に、かなりの回数トランジットでトルコを訪れており、少しずつではあるが、トルコの食の奥深さに気が付き始めている。 さて、結局食べ物の話で今回の調査の話が終わってしまうが、その辺はあまり気にせずに。 円安やら、トルコ航空の運賃があがったことなどが原因で、トルコ航空を使うのは2ー3年ぶり。みみっちいヨーロッパの航空会社と違い、ちゃんとした接客をされるトルコ航空は、私の好きな航空会社の一つ。特にこのご時世に至っても料理の質がほとんど落ちない(某F国のパンが不味くなったり…)。そして、トランジットホテルを手配してもらえる(12時間以上のトランジットね)のもよい。 で、どれがいつ食べたのかわからなくなっているけど、写真を並べてみました。この食事が若干ジャンクな感じがするけど、あとはちゃんとした「料理」であることがわかると思います。2枚目のが一番おいしかったかも。 機内は、周りの人は気にせず、基本的に寝られるだけ寝たら、後は仕事。トルコ航空はアメニティも充実しているので、寝起きに歯を磨いて顔を洗い、コーヒーとチョコとナッツ(前はカップラーメンをいただいていた…)をいただいて仕事に戻る。ネットにつながらない貴重な時間です。 そんなわけで、ぬるっと今回の出張報告はここまで。 早くも新学期に突入してしまった…2026年度もアフリカの報告ができれば、と思います。今年度はセネガル×2回の予定。ブルキナファソ、今のところ予定がないので、どこかから予算が湧いてくればよいですが…

【フィールドワーク2026⑤】ガーナ料理店開拓

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発見したガーナ料理店 今回は期せずして食べ物の記事ばかりになってしまった… 随分前(2014年3月4日)に ムギラの記事 をアップしました。 モレでムイMoui(米)+グィラGoura(丸)でムギラ。「丸めた米」という意味の料理。おそらくガーナが発祥だと思われますが、ブルキナでもそれほどメジャーではないにせよ、よく食べられています。 調査の合間にKEOOGOの事務所から移動する際に、ちょっとした時間があったので、先にご飯を食べよう、ということになり、たまにいくセネガル料理屋を目指す。混雑するバサワラガ通りを避け、ソムダは未舗装道路を迂回しようとする。そこで目に入ったのが、この看板。 ん?ガーナ料理?? 2人に「あそこ行かん?」ということで、レストランに入ってみることに。 ムギラ(若干小ぶり?) 店内は、大きな駐車場に屋根を付けた、半屋外形式。正面に大きな鍋、その後ろに、ソースが入っていると思われる少し小ぶりな鍋が二つ、飲料が入った冷蔵庫が2台と、まあまあの繁盛店でありそう。結構な街中にあるのに、二人とも、「こんなところがあったのか」と初めての様子。 ともあれ、賞味してみようということで、大きな鍋を除く。おぉ!ムギラじゃないか。懐かしい…なかなか外食で食べられることがないので、これは嬉しい。ソースもグレン(パーム油)とアラシッド(ピーナッツ)の2種類。多分、他にもいろいろあったと思うが、ムギラ好きとしては、ムギラ一択。ソース・グレンは前日食べていたので、今回はアラシッド。 せっかくだから、ヤギ肉を…と思ったら、肉は羊と牛で、ヤギはないという(もしやガーナ人じゃない?)。 ムギラ拡大。 ともあれ、ソースに浸しながらパクリ。米のいい香り、ソースはそれほどくどくなく、味付けも優しめ。若干小さめのボール。オフィスワークが増え、体を使わなくなった都市民の生活に則し、健康志向が浸透してきたワガドゥグならではのムギラなのかも…と考えながらいただきました。 ちなみに、このお店はダガリの女性たちが営んでいることがわかりました。しかも、同じくダガリのソムダの親戚筋とか。一時期ガーナに出稼ぎに行っており、料理はそこで覚えてきたのだそう。西アフリカでも有数の移民送り出し国のブルキナファソ。ワガドゥグが多国籍な料理が比較的そこの原型を留めながら存在するのは、こうした背景もあるのかも、と思った次...

【フィールドワーク2026④】何年振りかのあれ…をいただく

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ニンジンは今が旬。ニンジンを生でかじりながらチャパロをやる 到着直後からの調整が一段落。久しぶりに調査を手伝ってもらっているルードビックのお母さんを訪ねることにした。もう何年前になるか…ルードビックに仕事を手伝ってもらい始めたころ、彼のバイクにニケツして、彼の実家のお母さんに会いに行った。ルードビックのお母さんは、チャパロ(ソルガム・ビール)を醸して売っていて、食文化研究を本格的に始める前だったが、一度作っているところを見てみたい、と思い、訪ねたのが最初の出会いだった。 とても気のいいお母さんで、「また来るね~」と言ったまま、ずいぶん時間が経ってしまった。ルードビックと会うたびに、「今度はお母さんのところに挨拶に行こう!」と言うものの、なかなか時間が取れずにいた。今回は、何としてでも、と思い、日本から「この日曜日はお母さんのところに行く!」と宣言しておいた。 お母さんは、Saabaと言う、ワガドゥグの南東の端っこに住んでいる。比較的最近まで「村」だったが、現在では拡大するワガドゥグ市の一部となっている。以前訪ねたときには、まだ家がまばらで、家の前に植えた何本かのマンゴーの苗木がずいぶんひ弱に見えたことを記憶している。 今回のドライバーのソムダが運転する車が滑り込むと、5-6本の立派なマンゴーの木の下に、長椅子に座った何組かがチャパロを酌み交わしている。とても寂しい景色だった、お母さんの家の周りには多くの家が建ち、マンゴーは大きくなって真っ黒な木陰を作り、その下に人びとが歓談している。ずいぶん景色も変わったな…などと思いながらお母さんにご挨拶。私のこともよく覚えていてくれて、大変喜んでくれる。 日曜の昼下がり 日曜日の昼下がり、皆、それぞれの気の合う仲間たちとマンゴーの下で談笑している。もちろん、目的はチャパロなのだけど、フランスであればカフェのような交流の場であることも間違いない。こうした中でここの人たちの社会性が形成されている。そうそう、これもどこかで書いたが、こうした空間を「カバレ」と呼ぶ。村でも、街中でも、薄暗い小さな小屋のことが多いが、こんなオープンなところも珍しくはない。 ルードビックのお母さんから、ウェルカムドリンク的に1本いただき、3人で賞味。午後ということもあり、若干アルコール度数高めだが、久しぶりのチャパロは旨い。 チャパロ ルードビックのお母さん...

【フィールドワーク2026③】ーブルキナファソ②ラマダンにあたり

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全然ムスリム感がないですが…イマームはバッドマン  2月19日から始まった今年のラマダン。3月21日に無事にイード・アル=フィットルを迎えました。 今回の調査、ラマダンのど真ん中に行われました。もちろん、そのことは理解していて、食事の調整やら、色々シュミレーションして、ホテルもキッチン付きの部屋にしておいたり、日本から少し多めに食べ物を持って行ったりしました(イマームのところで食事ができないのが残念…)。 上の写真の青い箱は角砂糖なのですが、ラマダンの際に皆さんに配るのが習わしとか。ずいぶん前にラマダンをやった時には、デーツをたくさん買ってモスクに持って行ってイフタールに配ってくれた記憶があるのですが、角砂糖というパターンもあるんですね。 ラマダンの最中の調査は注意が必要。まず、ズフル(午後最初の礼拝)の後は、モスクで過ごすことが多く、ほぼ調査にならない。つまり、調査はいつも以上に午前中に設定する。かと言って、夜通しの礼拝があることもあるので、午前中もあまり重い調査はできない。そもそも、断食中は皆さんしんどいので、あまり大がかりで時間のかかる調査は避けておく。そして、午後は、「世俗的」なインフォーマントもしくは「クリスチャン」系のインフォーマントへの聞き取りを設定すると、比較的ストレスなく調査が進行する。 まあ、皆さん慣れているとはいいますが、やっぱりしんどいですよね。今年は昨年よりましとはいいつつ、2月末~3月終盤という、この地方で最も暑くなるちょい前で、連日の40度越え。ちょっとノートを取っていたら、皆さん、こんな感じ。 今回もお付き合いいただきありがとうございました。

【フィールドワーク2026②】ーブルキナファソ①国内避難民問題

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  調査助手のルードヴィックと共に聞き取り 今回のブルキナファソ調査、「信仰NGO(Faith based NGO)」の役割を明らかにする、という大きなテーマを持っていました。このテーマ、実は、2022年ころから関心を持ち始めたもので、ようやく本格的に調査ができるようになってきました。 これまで調査をさせていただいていた、Cheikh Hamidou Sawadogoさんは、モスクのイマームであり、これまでフランコ・アラブ学校を運営してきましたが、2022年の年明けからPDI( Personnes Déplacées Internes 国内避難民)の就業支援を視野に入れた(PDIだけではない)「ビジネス」を展開していきます。社会的弱者を救済する、という宗教組織らしい発想のもとに始められた活動だと思います。 ブルキナファソの社会の中には、イメージ通りの貧困が渦巻いており、こうした渦中にいる人びとをいかに巻き込むか、また、支援するか、ということは、社会の誰しもが考えていることです。凋落甚だしい現在の日本でも公的支援だけではいかんともしがたく、ブルキナファソはさらに支援する手立てが少ないのが現状。社会の構造からみても、市民組織の支援は必要不可欠で、さらに言えば、それだけでも全く充足しているとは言えません。そこで出てくるのが、宗教組織なのですが、そもそも、キリスト教会のチャリティは現在のNGOの原型ともいえますし、イスラームも弱者救済が聖典クルアーンに書かれているほど、こうした意識は高いと言えます。 Sawadogoさんのところは、いつでも色々と聞けるようになったのですが、サンプルが一つでは…ということで、いろんなところに仕掛け、ここ何回かの調査では、それを横に広げる、という作業をしています。こうした支援をする人びとを調べるにあたり、いわゆる比較調査になることから、支援対象を絞り込むことにし、地の利のあるSawadogoさんの事務所のあるワガドゥグ9区に地域を絞り、そこで大きな問題となっている上記のPDIを対象としている「団体」を見ていくことにしました。 PDIの女性たちが栽培する畑 前々回(2024年年始)の調査の際に、Albindaから移ってきたイマームと面会、さらに、年末年始の調査の際にルードヴィックに教えてもらった、やはり北部から移り住んだ人たちに改めてコン...

【フィールドワーク2026①】セネガルーブルキナファソ①

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  Almadieの海鮮屋の大将 年跨ぎの調査の後、一瞬の静かな時間を経て、アジア学院、卒業展示と続き、あっという間に2月末。年度末ということもあり、様々な書類の束が続々と舞い込んでくるが、渡航日が刻一刻と迫ってくる。予算の都合で、年度内に完全処理を済ませなければならないということもあり、とりあえずは調査の前にお金の計算、というなんだか、な感じで出発の日を迎えた。 今回の予定は、前半2月28日~3月5日がセネガルで海外長期FWの調整、3月5日~3月17日がブルキナファソで科研費関連の調査、というスケジュール。セネガルの調整がかなり手間取り、ギリギリのタイミングで決まったこともあり、ブルキナファソの調査がかなり準備不足の状態での出発となった。しかも、2月28日に起こったアメリカ・イスラエルのイラン侵攻は、もう一つの担当のトルコも不安定にさせるという、落ち着かない中での出発となった。 セネガルの調整の細部は省くが、バタバタと打ち合わせをしたり、お礼をしたり、学生のアパートを見に行ったり、その後お世話になる方にご挨拶に行ったり… 乾燥した乾季の海辺の少し肌寒いくらいの一足先に来た初夏のような気候の中、着いたばかりの環境に慣れようと奮闘している学生の姿を見て、不安ながらもほほえましく、ここで彼らの人生の大切な経験が積み上げられ、友情が育まれていくのだろう、と感じていた。 なんか、ここのところ筆が進まず、実は現在出国直前。この後、いくつかは記事をアップしていく予定にしている。

親子サッカー

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昨年からキイチロウは放課後に週1回サッカーをするようになった。なかなか外で遊ぶことが難しくなった昨今、体を動かすのは親としても嬉しい。仲の良い友達たちと一緒にひとしきりサッカーに勤しみ、うちを行き来するようにもなり、「小学生」を謳歌している。 数週間前、連れ合いから「親子サッカー」なるものがあるとのことで、あまり何も考えずに諾の返事をしておいた。本当にあまりちゃんと考えることもなく、ぼんやりとキイチロウのサッカーを「見に行く」程度だと、思い込んでいた。 そして、当日…前の日にイベントで遅くはなったが、論文で詰まっていることもあり、午前中に泳ぎに行こうかと思うと連れ合いにいうと、怪訝そうな顔をする。まあ、気にしても仕方ないので、すっかりそのつもりでいると、「親子サッカー」の予定を色々とインプットしてくれる。「えっ?なんで着替えないといけないの??」「だって、「親子サッカー」だよ」「えっ?!もしかして俺もやるの?」…チーン。 行く前から筋肉痛確定。それ以前にケガをさせない、ケガをしない、熱くなり過ぎない、と言い聞かせ、いざ… 約20年間ラグビーをやってきて、体を動かすことにはそれほど苦手意識はなく、むしろスポーツは好きな方。ずっとジムには通っているものの、水泳でゆったりと体を動かす程度で、瞬発的な動きなど何年もやっていない。ゲームが始まると、小学生の機敏な動きに翻弄され、おそらく10歳以上若いほかのお父さんたちにも到底ついていけるわけではない。足はもつれ、横の動きについていけずに変な転び方をし、酸素不足で視界が白くなっていく…長年のラグビーの貯金と体が動いていたころの記憶がまだ少し残っているのか、こうした体の様々な変化を(ここだけは冷静に)感じながらプレーしていた… 結果。10分×2×2+7分×2×2の4ゲームにフル出場した。今、書いてみて、1時間以上サッカーできたので、まだまだいける、と思ってしまっているが、まあ体はボロボロ。軸足の右足に体重をかけすぎ、炎症を起こし、その翌日には痛風の発作を誘発して足を引きずる羽目に。しかし、筋肉痛は比較的軽微で、右足をさすりながらも、また「まだまだいける」と…幻想か… その夜、へとへとになった父ちゃんにマッサージを申し出てきたキイチロウ。喜んで受け入れると、なかなかに効き、マッサージをしてもらいながらウトウト…いつしか心地よい疲れと...

【業績】月刊「地理」2026年3月号 「西アフリカ半乾燥地の都市と農村の食─伝統と近代が混交する食卓」(特集 アフリカの食文化 変わる都市と農村の食)

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  おそらく今年度最後の業績です。またまた食文化に関する短報ですが、中高の社会科の先生方がよく読まれる、という月刊「地理」への寄稿となり、まだまだマイナーなアフリカの食文化研究を広く読んでいただける、というのは大変意義深いことです。 このお話をいただいた時、実はかなり途方に暮れていました。今年度だけで、6本(現在7本目の原稿を書いています)の食文化ネタ。さすがにネタが尽きているように思いました。ただ、「都市と農村」という補助線が入ったことで、書き進めるうちに次第にイメージができていき、自分自身としては、かなりお気に入りの原稿になりました。 今回書いたのは、またまた「スンバラメシ」のことなのですが、スンバラメシの要素を大まかに分解すると、比較的新しい食材であるコメと、伝統的な食材であるスンバラで構成されるわけですが、この出会い(マリアージュ、で合ってるのか?)がブルキナファソの食文化に大きな影響を与えている。編者の藤岡さん、藤本さんには、「都市と農村で差異を伴いながら交流し、多様な食材が行き交うなかで、新たな食文化が育まれている。グローバル化という枠組みだけではとらえることができない、よりダイナミックな展開が生じている」(18‐19)と解説していただいています。この原稿を書く上で、特に勉強したのは、ブルキナファソの米の供給と消費のことでした。統計資料を見ていると、やはり、ある時期から供給も消費も大きく伸びていることが分かり、現在ではかなり手に入りやすくなっているのがわかり、この地域の食文化における米の位置づけが確認できたのは、今後の研究にも寄与しそうです。 ご関心のある方はぜひともお目通しください。 ※詳細は以下の古今書院さんのWebから! https://www.kokon.co.jp/book/b673699.html

社会実践力育成プログラム・国内ショート(アジア学院)2025年度

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でかいニンジン。今回のアジア学院の滞在では、1か月分くらいニンジンを食べたのではないかと思います。たっぷり有機の栄養分を含んだ土で育ったニンジン、特に生のものは本当に甘くてフルーツのようでした。 さて、今年度もアジア学院のプログラムを実施しました。今年度は3名の履修者がいたものの、最終的にプログラムに参加したのは1名のみ。例年のインタラクションの多いワークショップ形式のプログラムは難しく、ひたすら農作業に勤しむこととなりました。学生のいないアジア学院、冬の凛とした空気の中の静寂の中、たっぷりと土と向き合いました。 薪を割り、鶏に餌をやり、ヤギを追い、ニンジンを収穫し、畑の草を抜き、いつものように、大豆の選別をしました。アジア学院の理念を学ぶ、という、民主的な社会を築くための理念を言葉を紡ぎながら学ぶ例年のキャンプとは異なり、非言語的な光景からたくさんのことを学んだ気がします。 20数年前にアジア学院に来るとこんな感じだったな、というノスタルジックな気持ちを持ちつつ、うまくゼミと結びつけられないか、ということを考えていました。 その昔、恩師の森本先生は、ゼミ合宿をアジア学院でやっていて、朝晩の食事の前だけ農作業をし、そのほかを卒論やゼミ論のディスカッションとしていた。現在は、こうした枠組みのキャンプはなくなってしまったのだけど、土に触れるという行為は、都会で暮らす我われにとっては非日常。今回もそうだったが、土に触れることで普段の食がどこから来ているのか、ということを再認識させる。これだけでも、アジア学院での数日間は大きな意義を持っている。窓口になってくれている山下さんには迷惑な話であることは間違いないのだけど、少しカスタマイズさせていただけたら…などとと思っている次第。 ここまで冬を中心にプログラムを行ってきましたが、2026年度は夏の開催をもくろんでいます。たくさんの学生に参加してもらえたら、と思っています。

2026年度 卒業・修了発表展

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 すでに始まっていますが、2月11日~15日まで「卒業・終了発表展」が開催されます。各学部学科研究科の卒業制作、卒業論文が一般公開されます。これは、自主的な企画ではなく、しっかり単位が付き、学生たちはこれを目指して卒業論文・制作にあたります。私のゼミの学生たちも、卒業論文、フィールドワークの報告など、非常に頑張って仕上げました。 私自身、こうしたイベントごとの期間は、たまっていた仕事をこなしたりしていましたが、今年度は何と実行委員として、バタバタと作業をしていました。お祭りを仕込むようでなかなか楽しかったり、展示を裏側から支えてみると、今まで知らなかったこと、たくさん学べています。キュレーターの仕事をアシストして、体を動かす機会も多く、毎日寝つきがよいのも嬉しいところ。 詳細は以下のWebより。奮ってお越しください。 https://seikaten.kyoto-seika.ac.jp/

西アフリカのワックスプリント「パーニュ」を使用したスカートお仕立てショー:アフリカのファッションを体感する(「現代アフリカ・アジア講座2025」 第5回)

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少し時間が空いてしまいましたが、イベントのお知らせです。 今年度の「現代アフリカ・アジア講座2025」の最終回(第5回)のお知らせです。ここのところ映画上映が続きましたが、今回は実演を交えたトークショーです。席数が少ないので、お申込みいただけると助かります。 ******** 日時:2026年2月20日(金)19:00~21:00(18:30開場) 会場:FebCafe Kyoto(〒600-8119 京都府京都市下京区本塩竈町554) https://fabcafe.com/jp/kyoto/access/ 登壇者:中須俊治(AFRIKA DOGS、京都精華大学センター研究員)、カブレッサ・デアバロ(トーゴ人仕立屋)、清水貴夫(京都精華大学) 講座概要:人間の生活の基礎をなす「衣・食・住」。「食」や「住」と同様に「衣」の世界も、その地域の環境と重層的な歴史、そして、社会的な規範など複雑な要素により作り上げられています。今回の講座では、西アフリカの人びとに広く取り入れられる「パーニュ」と呼ばれるアフリカンプリントを中心に紹介します。今回は日本でアフリカ布の輸入販売を手掛ける中須俊治さん(アフリカドッグス、本学センター研究員)に、西アフリカのファッション事情やトーゴの服飾文化について解説していただきます。そして、アフリカの服飾の多くは、オーダーメイドです。仕立てを抜きにしては語れないアフリカの服飾文化。今回は、日本で活躍するトーゴ人の仕立て職人のカブレッサ・デアバロさんをお招きして、実際の仕立ての技も披露します。 お申込み:https://caaccs.kyoto-seika.ac.jp/2026/02/20/talk5/ 問い合わせ:京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センター  caaccs@kyoto-seika.ca.jp 主催:京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センター 共催:日本アフリカ学会関西支部  

カレンダー

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  2026年のカレンダー 出張の用務の合間に「緑のサヘル」の事務所に寄った。事務局長の菅川さんとはずいぶん長い付き合いで、私が来るなら、と週末にも関わらず事務所を開けてくれるという。少々恐縮しながらも久しぶりの再会に向け、手土産を持ち、少し早めに到着する。 事務所に到着し、先日のブルキナ出張のことやらをお伝えする。その政治的な体制はともあれ、少しずつ新たな日常を取り戻すブルキナファソのことをお伝えし、菅川さんからは活動のこと、カウンターパートのことなどを伺う。関西在住ということもあり、なかなかお目にかかる機会も少なく、積もる話もたくさんある。 さて、1991年に活動を開始した「 緑のサヘル 」。もう35年の歴史を持つ、アフリカをフィールドとするNGOとしては老舗中の老舗だ。コロナ禍の煽りを受け、あまり元気はないが、砂漠化対処、アフリカの人びとの生活支援、近年では国内避難民への支援など、その活動意義は全く薄れることはない。こうした活動は、菅川さんの献身的な活動、会員の会費や助成金により支えられている。すでに手あかがついてしまった感は否めないが、「ファンドレイジング」という言葉がNGO界隈でも流行したが、これは、裏返してみれば、日本という土壌に「寄付文化」が根付いていないことを示しているわけだが、そうは言え、団体の維持のためにはお金は必要。緑のサヘルの場合は、大きな柱として、毎年カレンダーを出している。 カレンダーは2001年以来、写真家の 小松義男さん による写真提供により毎年発行している。今年で26年目。私も10年ほど前から毎年購入しているが、小松さんの写真はとにかく人の表情がよい。ここまで人の笑顔が撮れる人はいないだろうし、直線的な絵を好まない、つまり、人間(や人間が作り出す)の曲線の美しさ、言い換えれば、「人間」と「人間の仕事」を撮ろうとしてきた哲学が込められていると勝手に思っている。毎年当たり前のように「今年はどうしますか?」と連絡があり、新年に新たなカレンダーにかけ替える、という日常的なイベントだったが、今年でそれも終わりなのだという。小松さんももう80歳。体の自由が利かなくなり、編集をしてくれている方を含め、「潮時」なのだという。 とても残念なのだけど、これも時間の流れ。致し方ない。受け入れるしかない。 最後のカレンダー、まだあまりがあるようです...

【業績】「「地域研究」としての西アフリカ研究: 食文化研究を中心に」@『アフリカ』アフリカ協会

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  明石書店のエリアスタディーズ・シリーズの一連の出版が済み、さて、これから自分の原稿にかかろうか、と思うと、新しい原稿執筆依頼がやってくる。そういうときは、大体一時に複数いただくもので、今回もそのうち紹介できると思う原稿依頼2本と共に数日の差でやってきた。(そしてもう一本やってきたフランス語→日本語の翻訳(しかも締め切りまで2週間!)はさすがにごめんなさいしました…) (一社)アフリカ協会が発行する 『アフリカ』2025年冬号 に「「地域研究」としての西アフリカ研究:食文化研究を中心に」という論考を寄稿しました。この雑誌、アフリカに関わる外交官が中心となっているもので、学部生の時代は特に貴重な国際政治や国際経済の情報源として読んでいました。しかし、しばらく手を取る機会もなく、どこからかお誘いいただきました。 研究動向が今回のお題ですが、それほど学界動向を意識して研究したことはなかったのですが、ずっとモヤモヤしていた「地域研究」なるものを考えてみたくて、最近、もはや「専門」と言っても過言ではなくなってきた食文化研究から地域研究を紐解く、ということを目指して「食文化研究」と「地域研究」がいかに相性がよいか、ということを書きました。個人的に高谷好一さんの『 世界単位論 』に感銘を受け、かなり意識的に研究に取り入れているのですが、このことが書けたのはよかったかと思っています。

【フィールドワーク2025ー2026】滞在最終日+今回の滞在で食べたものたち

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  Riz au Soumbara(Tanti Propre) 本日で今回の調査の全行程が終了。年末年始を絡ませての調査で、どれくらい動けるかが不安な中、さらには 1年半ぶりの調査で、挨拶でもう少し戸惑うと思っていたが、SNSで頻繁にやり取りをしていたため、思ったよりも実質的な調査ができた。もちろん、もう少し丁寧に調べたいこともあったが、9日間という短い間ではこれが精一杯か。 公的なデータの収集がままならないことは織り込み済みだが、細かい資料の位置づけがいまいちピンとこない。もう少し概略的な資料が欲しいところ。 調査の内容を少し具体的に言えば、前回からはイスラム系のアソシアシオンに着目しており、状況のアップデートが重要な項目だった。前回の調査でワガドゥグ北部の国内避難民のアソシアシオンにコンタクトが取れており、今回もそこの代表に話を聞けたのは大きな収穫。さらに、ストリート・チルドレン支援のNGOを通じて2か所のアソシアシオン、コミュニティにコンタクトできたことは、この調査自体を広げていくために重要で、次回の調査につながりそうな予感がする。ただ、この時期、役所が閉まっていて統計資料や文書資料にアクセスできなかった。国内避難民関係の資料の収集は、次回の課題といったところ。(UNHCRとかかな…?) さて、何かもう新しいネタはないのだけど、今回どんなものを食べたかをレビュー。 Atyéké avec Salades et poisson 今回の滞在で2回登場したのが、この写真のアチェケ。1年半ぶりくらいで、今回一番食べたかった料理。バサワラガ通り沿いのセネガレで食した。モチモチの食感で、なかなかのクオリティ。魚とサラダ(もう少し野菜が欲しかったが)を混ぜていただいた。 Atyéké avec Salades et poisson そして、イマームのお宅にて。スンバラ・スパゲッティ。懐かしい面々で食べる食事、その後のお茶も笑顔の中で。マウルードの祭礼のため、イマームのお父さんがいらっしゃり、この後ご挨拶に行く。 Spaghetti au Soumbara ホテルはいつものKAVANAで、隣のRestaurant Mame Diallaにも必然的に何度か行くことになる。この日はマフェ。前回より米が増量されているような…マフェは1,000Fcfa。今となってはあまりおつ...

【フィールドワーク2025-2026】一国の誇り:ブルキナファソの決断

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  新年早々ですが、ブルキナファソ(多分マリとニジェール)もサヘル三国へのビザの制限に報復して(公用以外の)ビザの発行をやめました。フランスに続いての措置です。年末のものとは言え、なんだか物々しいニュースから1年が始まりました。 2023年に先じてビザ発行を停止したフランス。現在、ブルキナファソにはフランス国籍を持つ人はほぼゼロと言っていいくらいです。ブルキナべの場合は、 シェンゲンビザ を取得し、ヨーロッパからの唯一の直行便を出しているベルギーに渡ってフランスに行くのだそうです。逆に、フランス人はこうした方法がなく、ブルキナファソ国内には二重国籍保有者かNGO関係者くらいしか存在しない、ということになります。 世界の片隅の出来事で、実利的に強情を張っているようにも見えるし、経済的な影響など全くないので、誰の関心も呼ばないのではないかもしれません。しかし、こうした小国がここまで艱難辛苦を経て尊厳を傷つけられて我慢も限界に達したこと、そして、自分たちの尊厳を守るための誇り高い判断だと思います。 現在のトラオレ政権になってすぐに、フランスがブルキナファソを去り、2年半ほどが経過しました。ブルキナファソは、現在いわゆる軍事政権下にある国です。情報は統制され、市民生活はある程度制限されていることは間違いありません。しかし、フランスが去って困っている人は特に僕の周りでは少なくありません(民芸品屋とかレンタカー屋とかNGO)。しかし、こうした生業は遅かれ早かれ見直しが必要であったわけで、フランスが去りその時期が少し早まっただけのようにも見えます。ワガドゥグの街を見るにつけ、フランスの経済的影響力は中国、インド、トルコと言った新興の国々により、相対的にそれほど大きなものではないし、しばしば聞く、薄汚いフランスの商売のやり方が少なくなったことで街自体は相変わらずの活況があるようにも見えます。フランスの影響はともあれ、軍事政権であることは欧米で教育を受けた大学の教員ですら納得ずくで、むしろ、200年に渡って人類(欧米)が築き上げた「民主主義」という概念に強い疑問を呈している、という話も聞きます。このことは、大変興味深いし、僕らも少し立ち戻って考えるべきことだと思います(かといって、現在の日本の状況を良しとは全く思いません。為念。)。ここまで色々な人と話す中で、「軍事政権」とい...