町内会について② 町内会の存在意義について
現在の住処に住み始めて3年半が経ちました。小さな住処ですが、交通の便も悪くなく、買い物も便利で、下賀茂神社も近くて、とても気に入っています。 子どもの学校が若干遠くはありますが、それも子どもの足で15分程度。まあ悪くはないでしょう。
近所には、お年寄りが多く、朝はしっかり挨拶してくれるし、同じ通りに面しているお宅は対外顔と名前が一致するようになりました。子どもが道路で遊んでいると、時々覗いてくれて、時々声をかけてくれるし、少し前のコミュニティがあるような感じもします。
民俗学とか文化人類学では、人と人の繋がりを「縁」という言葉で言い表すことがあります。もう少し細かく分けると、「血縁」「地縁」「社縁」という3つが中心ですが、それ以外にも「学縁」と「趣縁」という「縁」もあるとされるといわれています(社縁に入っていると考えておくのがよいでしょう)。「血縁」は「血縁関係」など親戚・姻戚関係を示す人の繋がりですし、「地縁」は空間的に近い人たちとのつながり、そして、職場や学校、飲み屋や喫茶店、スポーツ・クラブなどの趣味の世界での人の繋がりというのが「社縁」です。
こうした「縁」を全く持たない人が増えてきた、というのが「無縁社会」で、単純に考えれば、地方から出てきた人たちが働きづめで地域の人たちとも関係を持たず、引退して最も太かった社縁を失ったとき、この人たちには「縁」は残されない、どことも「縁」のない「無縁」の人が出てくるという構図ではないかと思います。高度成長期に20代前半の人たちが引退する2000年代になると、こうした人たちが増えてくるのは当然で、これが社会問題としてクローズアップされたのが、2009年に放映された「NHKスペシャル 無縁社会~”無縁死”3万2千人の衝撃~」なのだそうですが、90年代後半に学生生活を送った私の周りにもこうした人が多かったことを考えると、おそらく、現在でも同じような構造が残っているのではないかと思います。野中氏の記事でインタビューに答えた石田光規さんによれば、「血縁、地縁、会社縁といった伝統的紐帯からの解放は、戦後日本の目標の1つだった。しがらみから逃れるために、一人になれる社会を志向した時代もあった」と述べます(野中2022)。つまり、こうした無縁社会が望むべくしてなった、ということだということでしょう。
実は、私のいるところの町内会、というか、組から町内会から脱退される方が多く、理事会でもしばしば話題に上ります。町内会としては、できる限りそこに住んでいる方には町内会に参加していただきたいと考えるので、町内会の魅力を如何に伝えるか、という点に話題が集中します。具体的には、町内会のわかりやすい機能(たとえば防災など)をアピールしよう、ということになります。しかし、防災に限って言えば、災害があった際に、町内会費で準備した防災グッズを非会員に使用できるか、という議論が待っていることは火を見るより明らかです。月100円程度の町内会費をけちる人がそれほどいるとは思えませんし、会員になっていると回ってくる様々な当番が五月蠅いというのが目下の要因ではあるのでしょう。きっと東京のように、隣近所を全く知らない、ということは、京都という町柄そのようなことはないですし、きっと血縁なり社縁なりをお持ちの方ばかりではないかとは思うので、決して上のような「無縁社会」を望んでいるわけではないとは思います。ただ、町内会というのは、行政の期間ではなく、完全なCBOであることを考えると、もっと縁をつなぐ集まりである、ということを強調してもよいのではないかと思うのです。
【参考文献】
「NHKスペシャル 無縁社会~”無縁死”3万2千人の衝撃~」
野中大樹2022「「地縁血縁」から解放された日本の残酷な結果」東洋経済ONLINE
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