2013年6月30日日曜日

仕事のやり方

この前調査方法のなんちゃらとか書いたのだけど、その翌日(昨日)褒め称えた奴にすっかり怒られた。ずいぶん凹んで、昨日はふて寝。最近寝不足だったのも手伝って、10時間以上寝た。

今日は午後から彼が会いたいと言ってホテルまでやってきた。で、昨日のことは昨日のことで、謝ってきたりもしたのだけど、まだ悩みがあると。聞くと、昔から調査を手伝ってくれていた彼の幼馴染をなぜ呼ばないのか、ということ。昨日は強い言葉を使ったこととそのことで寝られなかったと。

彼の幼馴染を使わなかったのは、たまたまで、特に他意はないし、本当に都合が合わなかっただけ。その彼も相当気にしている、ということで、急きょホテルに来ることになって、今さっきまで「ごめんね」と言い続けた。

人類学の調査というと、孤独にコツコツとやっているイメージがあって、僕の調査が人類学の調査として正しいのだろうか、という感覚に襲われることしばしば。でも、こういう柵にからめとられるのは致し方なくて、昨日、彼に怒られたのも、僕がちょいといい気になって使ったちょっとした言葉が原因だった。

「分け合う」という言葉をよく使うのはアフリカを研究してる人ならよくご存じなところだろう。はたから見れば、美しい隣人/家族愛にも見えるし、体のいい搾取のようにも見える。ある意味、富の再分配/セーフティネットと一人だけが勝つことを妬むのが同居しているような状態だ。逆に、僕らの住む仮に日本の世界では、個人化が進み、研究を進めるにあたっても、いかに自由に動けるか、というところに重点が置かれ、ある意味その結果として独自の人脈などが形成されていく。きっと、この大局的な世渡り術はなかなか両立できなくて、僕はきっとあまりに日本社会的な方法をここで行使しようとし過ぎたらしい。

彼の幼馴染に関しても、僕なりの評価の末にそうなったのかもしれないし、それが何人かの人にずいぶん嫌な感覚を与えてしまったらしい。変なしこりを残したままだとうまくいくものもうまくいかないし、彼らのやり方にできるだけ合わせていくことにした。ただ、こちらの持っているものは限られていて、パイを小さくするしかないのだけど、次回からそうするしかないんだろうな。

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