2010年1月25日月曜日

人生儀礼2

引き続き…
アブドゥルの友人の「マソン(大工)」のお父様が亡くなった。もう3週間くらい前だろうか。とても悲しいことのはずなのだが、大往生の末のことゆえ、彼にもさほど悲痛感はない。なにせ、120数歳まで生きた、ということである。しかも、今から40年ほど前、一度「亡くなって」墓に埋葬されてから甦った、という曰くつき。
先々週からアブドゥルに「文化を学ぶお前は行かねばいかんよ」と言われて葬式に参加するよう誘われていた。それが今日。一昨日よりこちらにいらしている先輩もお誘いし、朝8時半にワガドゥグを出発。スーラというワガドゥグから南に60kmほどの村に車を飛ばす。
着くなりこんな雰囲気。類稀な長寿を全うした故人を送りだすべく、多くの人が集まり、30数人という子孫とその連れ合いがこの大祭を取り仕切る。マソンもその一人。右に左に走り回る。



右側の盛り土が墓所、左側が故人のお父上の墓所。「力が宿っている」ということで、復活の墓所は撮影禁止。この間、誰もそこを避けるように歩いていた、ように見えた。

故人の生活した家の前では、10名ほどの楽士がさまざまな楽器をかき鳴らしていた。油断していて、楽器の名前を聞けなかったが、水を張ったひょうたんに少し小さなひょうたんを浮かべ、ひょうたんの匙で叩く楽器があった。トーキングドラムが4台、角笛が1つ、この奇妙な楽器は男性が叩いたり、女性が叩いたり…

そして、その周りには、100人ほどいようかという人の群れ。踊る、歌う…

私たちはその後、マソンの弟の家、と言われた家に招かれ、食事をする。チャパロ(ミレットビール)、ゾムコム(ミレットと生姜のジュース)、さらにリグラをいただく。さらに故人宅のそばの木陰でビールが供され、一番穏やかな季節ではあるが、ブルキナファソの灼熱の太陽に照らされて、適当に酔い、腹もはちきれんばかり、眠気すら襲ってきた。
120年と言う、気の遠くなるような時間を生きた故人。奇跡の復活を遂げ、晩年は、人の手に触れればその人の人生が分かる、と言われた伝説を持つ。どんな生き方をし、どんな境地にいたのだろうか。120歳まで生きることができなさそうな我々にはなかなか想像もできない。ただ、満腹と酔いで朦朧とするなか、肌をなでる乾いた風を感じると、目の前の風景に遠く先のことも昔のことも、意外にどうでもよかったのではなかったか、という気がする。
2日間で二つの人生儀礼に参加した。生を謳歌する儀式と、生を振り返る儀式。その時がどんな時なのか、残念ながら私には未だよくわかならない。ただ、少なくとも、それぞれの儀式にその時の生の状態が反映されることだけは確かなようだ。

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4 件のコメント:

  1. 貴重な情報をありがとうございました。『満腹と酔いで朦朧とするなか、肌をなでる乾いた風を感じると、目の前の風景に遠く先のことも昔のことも、意外にどうでもよかったのではなかったか、という気がする。』名文です。

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  2. >katabira no tsujiさま
    お褒めにあずかり光栄です。「一応」調査の一環なので、朦朧としてはいけないのですが(笑)。
    自分が死ぬとき、どんな気分なのだろう、とか、まま研究からずいぶん遠いことを考えていました。地平線を眺めてたら、最終的に、その時にならないと分からない、というあたりまえな結論に達しました。「今」をなんとかしなきゃいけないんですよね…

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  3. musokorobaです。

    なんどかコメントさせていただこうと思ったことがあるのですが、アカウント制限があって、どうも面倒で(笑)…

    水に浮かべたひょうたんの楽器、マリではジィドゥヌン(水太鼓)と言います。
    もっと大振りで、ガラマ(ひょうたんのおたま)でなく、長いバゲットでたたきます。

    「遠く先のことも昔のことも、意外にどうでもよかったのではなかったか、という気がする」というところ、全く同感です。

    ブルキナでもそうではないかと思いますが、マリで暮らしていると、自分もどんどんそうなってくるんですね。
    刹那ということを、自分自身の非常に深い部分で感じる。
    そして、生きるということのエッセンシャルな部分に触れたという感覚を、得ることがあります。

    ところが日本に帰ってきてしまうと…

    どちらがいいのやら、というところですが。

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  4. musokorobaさん
    ご無沙汰してます。
    コメントどうもありがとうございます。アカウント、本当に面倒くさいですよね…わかります。

    マリにもこの楽器あるんですね。毎度勉強になります。

    なかなか目に見えにくい「文化」、こうやって楽器なんかが文化がどのように伝播したかのひとつの証拠になるのですが、どうも、どんな経路で伝わったか、というのはなかなか断言できません。難しいですが、とても興味深いです。

    「遠く先のことも…」という感覚、そこに生のエッセンスがあるといいのですが、まだそこまで達成してません。お恥ずかしながら…

    確かに、アフリカの村の空気って、すべてがあまりにきれいに忘れられたり、穏やかな気持ちになれたり、あきらめられたり、妙に無欲になれたり…言葉に表せられないのですが、こういう世俗的な欲がなくなってすごくシンプルに自分のことが見えてくるような感覚になりますよね。

    ただ、今の時期だったからそう思えただけかもしれませんよ。カラッとした空気と適度な強さの日差し、本当に気持ちのいい時期ですから。しかも…満腹でお酒も入ってましたから…世俗的ですが(笑)。

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